リーダーの判断
確認作業はすぐに終わった。
レミックが全ての繁みに水の礫を飛ばしたが他の敵は潜んでいなかった。
「あの繁みだけだったようだな」
「あなたやっぱり何かのスキルを使ってるんじゃないの?」
「いや、ほんとにただの山勘だよ」
ルシッドとヨールを肩に担いだヤムトも、草木の密集する繁みに退却していた。
合図を送り合ったわけではないが、向こうもこちらの位置を把握していたようで、森の中をぐるりと回ってオレたちが身を潜めている場所を目指しているようだ。
「一度引くべきだな」
オレは言った。
「繁みに見張りまで配置して襲撃に備え、武器も揃えている。あれはただの野盗の群れじゃない。訓練された組織だ」
「その方がいいわね」
「崖を登る魔法なんてないよな?」
「ええ、ないわ」
やはり下りる魔法はあっても上がる魔法はないのだ。
レミックの落下制御で降りた崖を見上げる。とても登れそうにない。
「どうやって戻るつもりだったんだ? ロッククライミングなんてできねえぞ、オレ」
そこまで言ってオレは気付いた。
「ああ、そうか。野盗が使っている登り口がどこかにあるはずだよな」
「そんなものを使うのは、敵に撃ってくれといってるようなものだ」
背後から不機嫌そうな声がした。
「ルシッド、大丈夫だった?」
レミックが飛びつかんばかりの勢いでルシッドの元に駆け寄る。
「問題ない」
「ヤムトとヨールは矢で射られてたよな」
オレが言うと、ルシッドはアゴを動かして自分の横を示した。
ヨールが呪文を唱えながらふくらはぎに刺さった矢に手を添えていた。
傷口がほのかに白く発光しているのは回復魔法が発動している証拠だろう。
矢が刺さった場合、安易に抜くことでかえって重症化することもあると聞く。
しかし回復魔法を使える術者がいる場合は別だ。魔法をかけつつ瞬時に矢を引き抜くことで、重症化を防げるうえに痛みもほとんど感じないらしい。
それでもオレなら自分で矢を抜く度胸なんてとてもないが。
矢が抜かれる際、オレは目を背けたが治療は一瞬で済んだらしい。すぐに軽快な動作でヨールは獣人の背側にまわった。矢の刺さったとおぼしき箇所を手で探る。
「かすり傷だな」
ヤムトは軽傷だったらしい。その剛毛と筋肉に阻まれて矢は皮膚に深く刺さることができなかったようだ。軽い手付きでヨールが抜く。
「だけど毒が塗られている可能性もある。治癒と解毒の魔法をかけておくよ」
傷口に手をかざしてヨールは再び呪文を唱えた。
「で、どうやって上にあがるつもりだったんだ?」
ヤムトの傷口に魔法の光が染み込んでいくのを横目に見ながら、改めてルシッドに訊いた。
「上がる必要はない。退却時には川を下ればいい。レミックは浮力を得られる魔法が使える」
ルシッドが言うとレミックも頷いている。
予めそういう作戦だったのだろう。これもまたオレにだけ知らされていなかったらしい。別にいいんだが。
「なるほど、その手があったか。ん?」
ルシッドの言葉に引っ掛かりを覚えた。
「退却時はって、退却するんだよな?」
「いいや、しない。
今退却をするとやつらを取り逃がすことになる。今回のことでさらに防備を固められれば、次はものすごく大掛かりな準備と人数が必要になる」
「今だってやつらは十分に防備を固めてるし、オレたちの戦力じゃ攻めきれないって」
無表情で何を考えているか分からない剣士を、オレは初めて怖いと思った。
勝算のあるなしや、安全かどうかで考えているんじゃない。ただミッション達成のための効率だけをみて作戦を決めているのだ。
頭がおかしい。いや、なんちゃって冒険者のオレには理解できないだけで、冒険者というのはみんなこうなのだろうか。
救いを求めるようにオレはヤムトを見た。ああ見えてあいつは常識人だ。
だがヤムトはルシッドの言葉に深く頷いている。自身の肉体に絶対的な自信を誇る獣人だからどんな無茶な作戦でも無茶と思わないのだろう。
レミックはダメだ。さっきはオレの退却した方がいいという意見に同意したが、ルシッドが言うことなら何でもうんうんと受け入れてしまう。
二人がそういう関係なのはレミックの表情を見ていて気付いてしまった。ふだんなら死ぬほど羨ましいし、絶対に許せなくて何らかの嫌がらせをするところだが、今はそんなことをいっている場合じゃない。
「よ、ヨールはどう思う?」
最後の頼みの綱だ。
身体が小さくて力も弱いヨールならばこんな無茶な判断にノーと言ってくれるかもしれない。
「ん? オレ?」
名前を呼ばれたことが意外だったのか、ヨールはぽかんとした顔でオレを見返した。
それから肩をすくめてこう答えた。
「そんなのリーダーの判断に任せるに決まってるだろ?」
オレは天を仰いだ。
もうダメだ。こいつらみんな狂信者だ。ルシッドを教祖としたカルト集団みたいなもんだ。