風切り音
数秒後、怒声とともにヨールが滝から飛び出てきた。続いてヤムトとルシッドも飛び出てくる。
三人ともが追われるように岩棚を跳び移り、滝から離れる。
滝つぼ脇の岩棚を駆けるヨールが突然つんのめって転んだ。月の光が照らしたその足に、棒状の物が突き立っているのが分かった。おそらく矢だ。
ヨールを抱え起こそうと足を止めたヤムトも衝撃を受けたかのように体を震わせた。その背にも矢が立っている。
それでもヤムトは倒れることなく、ハーフリングを抱きかかえるようにして走った。
ルシッドが立ち止まって、二人を背にして剣を構えた。
「無謀だ」
叫びそうになって慌てて口を閉じたため妙な唸り声になってしまった。
滝から複数の人影が飛び出てきた。五人以上はいる。
人影たちは岩棚を跳び渡って足場を確保すると、小さな弓を胸の前で構えた。いや、弓にしては小さい。構え方もまるで銃器を扱っているようだ。
「クロスボウじゃないか、あれ」
オレが言うと、レミックも硬い顔で頷いた。
通常の弓に比べれば格段に狙いが定めやすいうえ、当たれば致命傷の威力があるはずだ。
月明かりしかない夜の中では、飛んでくる矢の軌跡すら視認できない。
ルシッドは剣で頭部を庇うような姿勢のまま動かない。
突然幾つかの金属音が重なって鳴り響いた。
どうやら飛来する矢をプレートメイルが弾いたようだ。
鎧にあたった音が響いて初めて矢が放たれたことに気付いた。とても人間が反応できる速度ではない。
「ルシッド、大丈夫!?」
レミックが悲鳴まじりに叫んだ。
「おい、声を出すな」
押し殺した声でそう言い、オレはレミックの腕を掴んだ。
声を上げるなど、飛び道具を持った敵にこちらの居場所を知らせるようなものなのだ。
ルシッドが金属の鎧を着ているとはいえ、関節部などの隙間に矢が刺されば致命傷になるだろう。だからルシッドを心配するレミックの気持ちも分からないではない。それでも無意味に危険に身をさらす行いを見過ごすわけにはいかない。
レミック自身も分かってはいるらしい。オレの腕を振り払うと「分かってる」と小さく言った。
ルシッドが腰だめに剣を引いた。ダメージは受けていなさそうで少し安堵する。
敵たちが次の矢をつがえるタイミングを好機とみて反撃するつもりのようだ。
刃が白銀の輝きを帯びた。まるで蛍光灯の点灯のように一、二度小さく瞬いたかと思うと、眩いばかりに強く光った。
逆袈裟に斬り上げるよう剣が振るわれた。
巨大な光が放たれた。刃の描いた軌跡をそのまま大きくしたような形状だ。光は敵に向かって飛ぶ。
ルシッドが放った光を受けて、敵が放った幾本かの矢が闇の中で輝いた。しかし次の瞬間には光が全ての矢を呑み込んだ。
呑みこまれた矢はまるで巨大な生物の突進に弾かれたかのようにあたりに散らばった。折れている物も少なくない。
巨光は勢いを減じることなく、クロスボウを持った敵たちまで到達した。
敵たちも矢と同様、突撃してくる光に呑み込まれた次の瞬間には弾き飛ばされて、地面に転がった。
「暴走トラックみたいな攻撃だな」
「ルシッドの固有技能、剣気よ」
レミックがどこか誇らしげに言った。
剣から打撃能力のある気?を飛ばすとか、とてつもなくベッタベタなスキルじゃないか。まあ、実際に見るとカッコ良くはあるが。
それにシンプルだがあれは間違いなく強い。
呪文の詠唱を必要とする魔法に比べれば発動は一瞬。
もしかするとタメの時間は必要なのかも知れない。しかしそれでもあれだけの威力があるのに遠距離から攻撃できることを考えれば隙にはなり得ないはずだ。
「なるほど、ただ強いだけじゃなくあんな技まで持ってるからこそのギルドナンバーワンというわけか」
ルシッド自身が単純な戦闘力ならヤムトの方が強いようなことを言っていたが、必殺技込みで考えるならやはりルシッドに軍配が上がりそうだ。
「まあそういうわけね。
ミスリルドラゴンなんていうわけの分からないモノさえ来なければ、私たちが他のパーティに遅れをとるなんてことはないわ」
「それをオレに言われても困るんだがな。
シルバーを戦わせて成り上がろうなんて気はないし、そもそもアイツはオレが呼んだわけでもないからな」
「バカなことをいうものね。
なにもしないのにドラゴンが人間に懐くはずがないわ。きっと禍々しい禁呪かなにかを使っているんでしょう?」
「いや、あんたにはあれが懐いてるように見えたのか?」
オレとレミックがそんなふうに言葉を交わしている間にも、ルシッドは倒れた敵たちから目を離さない。
「回復魔法を使えるのはヨールだけか?」
「そうよ」
敵があれだけとは限らない。
さらに敵が出てくることを前提としてヨールとヤムトの回復を急ぐべきだが、回復魔法の使い手が一人しかいないのならば急ぎようがない。回復薬を使うにしても、一度安全な場所まで退避する必要がある。
「少し場所を移動しよう。藪の近くがいい」
オレはなんとなく気持ちの悪さを感じてそう言った。
「どうして?」
レミックは怪訝な顔をするだけで動こうとはしない。
「さっきあんたが可愛い声をあげてたからな。オレたちの場所が把握されて……」
言いかけたところで風切り音が聞こえた、気がした。