あれ、ウザくね?
「うーむ」
通りをてくてくと歩きながら、先ほどのモリとの会話を思い返していた。
不思議な話だ。モリは何も知らないというのだ。
水浴びをしてゲロの臭いを流してからモリ宅を訪問したオレは、挨拶もそこそこに昨夜の礼を述べた。
だけど何となく話が噛み合わない。
それで昨夜モリと別れてからオレの身に起こった出来事を順を追って説明したのだった。
「なんとも、とんだ災難だったな」
どこか間延びした返答でモリは応えた。
あれだけの痛い出来事を、とんだ災難などとどこか牧歌的に形容をされたことは釈然としないのだが、それを言っても仕方ない。そして問題はそこではない。
「お前が宿まで運んでくれたんじゃないのか?」
「いや、知らん」
「じゃあケガが治ってたのは?」
「もちろん知らん」
「じゃあ一体誰が」
「手間賃持ってかれてたってことはないのか?」
「いや、金は減ってなかった。一応部屋の荷物も確認したんだけど、そっちも手を触れた形跡はなかったよ」
ダンジョンなんかで、毒・麻痺状態や瀕死状態になってる行きずりの冒険者の回復をしてやった場合、当人が意識を取り戻すまでにその懐から手間賃だけを抜いて立ち去るという事は、まま行われることだ。
オレも最初は火事場泥棒みたいで気が引けたんだけど、冒険者の倫理的には全く問題ない行為とされているので段々と慣れていった。
オレが助けられて手間賃を抜かれてた時にはもちろん感謝しかなかったし。
「そもそもの全部が夢なんじゃないのか? 路地裏に落ちてるゲロまみれのヤツを無償で宿に運んでケガまで治してくれるなんざ、例え聖人でもあり得ねえだろ」
「やっぱそうかなあ」
オレも夢オチの可能性も考えないではなかったが、貴人にやられた痛みは今でもしっかり覚えているぐらいにリアルだったんだよな。
と、そんなやり取りをした後で釈然としないまま明日からの打ち合わせを行い、オレはモリの部屋を退去した。
商店街に行って明日から必要なものを細々と買い揃える必要があった。経費は前払いで渡されていて、足りなければまた差額を請求するという取り決めだ。
オレが生活するペンディエンテは大型の城塞都市だ。
城壁内部に神人の治める宮殿、それを取り囲むように建てられた貴人たちの邸宅、さらにそれを取り囲むようにして市民の暮らす一般区画がある。
一般区画はその用途によっていくつかの区画に別れている。
商店の立ち並ぶ区画では道は広場とも見紛うほどに幅が広く、店先に所狭しと売り物をならべた商店がその両側に建ち並ぶ。
通りのど真ん中には露店を広げて野菜を売る者や、大道芸で人を寄せる道化師などが居座り、行き交う人々は皆、楽しげに店や見世物を冷やかしながらぶらぶらと歩いている。
また、人だけではなく馬や馬車、珍しいところでは犬引き車や乗用のリュウガメなども往来している。道が石畳で舗装されているお陰だ。
ちょうど今もオレの前を銀色の自転車がゆっくりと横切っていった。
「って、なんでこんなトコ走ってるんだよ!」
オレは思わずシルバーチャリオッツ号にツッコミを入れた。
まるで馬か何かのように悠然と通りを進んでいたのは、間違いなく宿に置いてきたはずの愛車だったのだ。
「何でと言われても、そこに道があるからに決まっているじゃあないか」
車輪を止めた自転車からまさかの返事があった。ムダに爽やかな声だった。
クイッとハンドルが切られて前カゴとライトがこちらを向いていた。
ダメだ。ツッコミどころが多すぎて、何を言えば良いのか全く判断がつなかい。
とりあえずママチャリが話が出来るというところが一番の謎ポイントになる……のだろうか。
「えーっと、道があるからなのは分かる。ここは綺麗に舗装されてるから自転車のお前には走りやすいよな。
で、どうして一人……一台……一人?でこんなとこをうろついているんだ? いや、うろつけるんだ?」
「カズ、とりあえず落ち着きなよ。
物事はシンプルに考えるんだ。いいかい、シンプルにだよ? ほら深呼吸をして」
愛車のママチャリに言われるままに深呼吸をする日が来るなど、転生前のオレは想像だにしなかった。もちろん深呼吸をしたところで無数にある疑問のひとつとして溶けるわけではないのだが。
「いや、ここまでシンプルではない出来事を、シンプルに考えろと言われてもオレには無理だ。質問は諦める。そっちから説明してくれ」
オレがそう言うと、シルバーチャリオッツ号は深いため息を吐いた。いや、どこから息をしているのかは分からないのだが、ため息を吐いたような感じの雰囲気を醸し出したのだ。
そしてどこか笑いを含んだ感じの声で言う。
「ああ、丸投げしちゃう感じなんだ? いや、そういうのも悪くないと思うよ。逆に羨ましいぐらいだ。僕なんかは考える事を中々放棄できないからね」
あれ、何かイラッとすんだが。
まさかシルバーチャリオッツ号がこういうキャラだったとは。
でも今はあんまり言い合いをしていて良い状況ではない気がする。
周囲の通行人が足を止めて何事かとオレたちを見ていた。
自転車と人がこんなとこで立ち話をしているのだから当然か。
こちらの世界の人は自転車なんてものは知らないだろうから、見たこともない乗り物と人が喋ってるっていうふうになるのだろうか。
「じ、じゃあそのあたりも説明してもらいたい事だし、一旦宿に戻ろうか」
イラつきを抑えてオレは極力平和的な声を意識してそう提案した。
買い出しはまた後で出直す事にしよう。