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無重力ダイビング

 日が落ちるまでそれほどの時間はかからなかった。


 こちらにはヨールの生命探知の魔法がある分、闇の中ではイニシアティブがあるというのがルシッドの言い分だった。

 混戦になった場合も、同士討ちの危険性が高いため、闇は人数の多い向こうの不利に働くのだという。

 納得のできる話だったので、オレは頷いた。


 気がかりはあった。

 話しの雰囲気からして、訊くまでもなくルシッドたちは野盗を殲滅、つまり皆殺しにするつもりだ。

 腰抜けと揶揄されてきたオレだ。これまでに人間をこの手にかけたことはなかった。魔物の命を奪うことですら平静ではいられないのだから当然だ。


「腰抜けに敵を殺すことは期待していない」


 横に来たルシッドが囁いた。

 オレはよっぽど情けない顔をしていたのだろう。


「だが、レミックの命だけはなんとしても守れ」


「ああ、努力はする」


「努力ではない。絶対だ」


 そう言うともう返事を待たずにルシッドは崖の方へと進んで行き、ためらいもみせずにあっさりと飛び降りた。


「絶対なあ」


 思わずひとりごちる。

 滝裏にいるのがコボルトならば、オレもある程度は非情になれたのにな、と思う。やはり人間と魔物とではハードルが違う。


「ん? じゃあコボルトは野盗たちが倒したのか?」


 元々このあたりに巣食っていたコボルトがどうなったのかまでは考えもしていなかった。


「コボルトがどうかしたのか?」


 やはりヤムトは耳が良いらしい。オレの呟きを拾ってそう訊いてきた。


「この渓谷って元はコボルトが棲んでたよな。そのコボルトはどうしたのかと思ってさ」


「ふむ、あまり気にしていなかったな。大方、野盗に皆殺しにされたのだろうとは思うが」


「だよな。でもコボルトもけっこうな数がいたんじゃなかったか? それを殲滅するって……」


「ねえ、早く行って」


 ワンドを水平に構えたレミックが、イラついた声で言った。


「おい、もう行くぞ」


 オレとヤムトの話を割って、ヨールがそう言った。

 そのまま崖の方へと軽い足取りで歩いていき、ぴょんと跳び下りた。


「行こうか」


 そう言い残してヤムトも地を蹴り、崖へと走った。


 慌ててオレも崖へと向かう。思い切りよく飛び出すつもりが寸でのところで足が竦み、止まってしまった。

 見下ろすと三人の体は、まるでここが月面ででもあるかのようにゆっくりと降下している。レミックの魔法、落下制御ドロッププロップだ。


「なにしてるの、早く行きなさい。野盗に気付かれたら奇襲じゃなくなるわ」


「簡単にいうけど、この高さだぞ。魔法だって百パーセント成功するってわけじゃないんだろ?」


 上から見るとかなりの高さだ。マンションの五階分ぐらいはあるだろうか。


「いい? 落下制御ドロッププロップは、私以外の人にかけるなら何人でも同時にかけれる。だけど、自分自身にかける場合は、ものすごく集中しないといけないから、他の人も同時にというわけにはいかないの。

あなたがすぐに降りないんなら、あなたにかけてる魔法を解除して、ここに置いていくわ」


「それはそれでルシッドに殺される。仕方ない」


 オレはため息を吐いてから落下地点を見定めると、目をぎゅっとつぶり崖から跳んだ。


 不定形のなにかに包まれるような感触のあと、重力から解放された。落下はしているのだが、まるで身体が羽根になったかのようにふわりふわりとしている。


 足先が地面に触れた。途端に重力が戻る。「おおぅ」と思わず変な声を漏らしながら尻もちを着いた。


 ふと見ると、ヨールが人差し指を自分の口に当てたポーズでオレを睨んでいた。

 ルシッドとヤムトは滝つぼの脇に立ち、滝を注視している。

 心の中でごめんと言いながら頭を下げる。

 そんなオレの横にレミックが音もなく降り立った。


 無重力ダイビングの成功を喜ぶでもなく、魔術師はすぐに滝へと向けてワンドを掲げた。


 手筈としては彼女が滝裏に火球ファイアボールを打ち込み、ルシッドとヤムトがパニックになって飛び出してきた野盗たちを個別に討ち取っていくという単純なものだった。


 地形的に裏口になる穴はないと見ていたが、洞窟の奥行きが予想以上に深かった場合は、ヨールの生命感知センス・ライフを頼りにルシッドとヤムトが洞窟内に進入することになる。


 俺の役割は混戦になった際に、襲いかかってくる敵からレミックを守ることだ。


 魔術師であるレミックは、戦況を左右する攻撃を放てる代わりに、接近戦に持ち込まれれば成す術がない。そこで彼女についてその身をを守る人間が必要というわけだ。

 

 野盗だからといって魔術師がいないとは限らない、弓を使う者もいるかもしれない。だが混戦ではそのどちらの使用も難しいはずだ。必然的に剣での攻撃が主になるだろう。文字通り盾となるのだ。


 トヨケやカノミならいざ知らず、可愛げの欠片もないレミックの盾になるなんて全く気が進まなかったが、そこは仕事と割り切ることにした。もちろんこの身に代えてもとは思わない。できる範囲でだ。


 レミックの詠唱する火球魔法の呪文を耳に聴きつつ、滝を注視する。




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