慎重
ヨールはとても神官とは思えない行儀の悪さでサンドイッチをほおばった。
「うめえ」
もぐもぐくちゃくちゃと咀嚼しながら言う。
「たしかに美味いな。あと二つ三つは欲しいところだ」
一瞬でサンドイッチを平らげてしまったヤムトが言った。
「それだけしか持ってきてねえよ。日帰りだっていうから他に食料もなにも持ってきてないし」
オレの荷物はナップザックひとつだけだった。
冒険者として最低限必要なあれやこれやの道具は持ってきているが、食い物はこのサンドイッチだけを無理やり詰めてきたのだ。異次元収納などという便利なスキルを持っていない身としては致し方ないところ。
「ルシッド、どうだ?」
作った身としては感想を聞きたくなる。
オレが水を向けるとルシッドも「美味いな」と短く返した。
「あまり好きじゃないわね」
こちらが聞くよりも先にレミックはそう言った。どこか挑むような口調だ。
「辛いのが好きじゃないの」
「ぜんぶ食べてるじゃないか。残してくれても良かったんだぜ」
「今から森に入って、次はいつ食べられるか分からないんだもの」
「とか言うわりには、何も食べ物用意してきてないじゃないか」
オレが言うと、ヤムトが振り返って、目線で鳥車を示した。
御者が手を挙げてモア鳥に牧草を与えていた。
オレたちがいつ戻って来られるか分からないため、鳥車はこの場所で待機する手はずになっていた。
万が一野盗に見つかるような事態になれば、その時は全力で逃げるように言い含めてある。
「食糧は鳥車に積んである。干し肉と硬いパンだけだが、量はそれなりに用意した」
「ここに戻ってさえくれば食えるわけか。それは安心だな」
戻って来られないような事態になっていたら、その時はもう食糧云々いってる場合ではないだろう。
しかし今回の野盗討伐に関して、オレはまったく心配をしていなかった。なにしろペンディエンテの冒険者ギルドで一番の実力と実績を持ったパーティーなのだ。
オレにも役割こそ振られているが、実際の戦闘になったらヤムトとルシッドの二人だけでカタがつくのではないかと思っていた。
「行こうか。できれば日のあるうちにアジトを見つけたい」
ルシッドが言った。
シルバーとここに来た時は呼びもしないのに、野盗が寄ってきたのであまり深く考えていなかったのだが、討伐を目的とするのならば、アジトを見つけて先手を打つほうがいいに決まっている。
「でもどうやって隠れてるところを見つけるんだ? 誘い出したほうが手っ取り早くないか?」
「もちろん見つけられなかった場合は誘い出す。だがそれだと不意打ちされるリスクもあるうえに、敵の数が掴めなくなってしまう」
たしかにそうだ。
前に見たのは五人そこそこだったが、あれで全員だとは限らないのだ。全体の何割ぐらいなのかも分からない。
「オレの神聖魔法で見つける」
ヨールは首をコキコキと鳴らして続ける。
「生命力を感知する魔法があるんだ。効果範囲が広くはないから、どのみち歩き回らないといけないけどな」
「なるほど。藪や洞窟に頭を突っ込んで探すことを考えれば、魔法があればずいぶんと安全だな」
ヨールの言葉で思い出したが、シルバーには広範囲にわたって効果のある探索スキルがあったな。
今さらながらあれはかなりチートな能力だったんだ。
ヨールを挟むように左右にヤムトとルシッドが並び、オレとレミックはその後ろについた形で森を進んだ。
以前にも来たことがあり、勝手の分からない道ではない。ルシッドたちにとってはなおのことだろう。
それでも野盗の気配を探りながらオレたちは慎重に進んだ。
鳥の声。風に撫でられた木の葉のざわめき。下生えの茂みをなにか小さな生き物が揺らせる音。
無言で澄ませていた耳に、やがてせせらぎの音が聴こえてきた。谷が近い。落とされていた吊り橋までもそう距離はないはずだ。
「谷のほうへ行ってみるか?」
音量を絞った声でオレが訊いた。
「いや、吊り橋や谷沿いは野盗が目を光らせているはずだ。迂闊に出てこちらの姿をさらすのは避けたい。
一度道を逸れて、このあたりを探してみよう」
ルシッドは囁くように答えた。
人に突然ケンカをふっかけてくるキャラには似合わず、行動方針は慎重なようだ。
「分かった」
リーダーであるルシッドの意思決定はパーティにとって絶対なのだろう。ヤムトとヨール、レミックはコメントすらなしにヤムトに従った。
道を逸れるといっても藪漕ぎなどをして音を出すわけにはいかない。かなり大回りにはなるが木立の疎らなところを選んで進んだ。
時々ヨールが立ち止まっては魔法を使ってあたりの様子を窺う。
そうしてしばらく付近を探索したが、野盗はおろかその気配も見つけられなかった。
「やはり谷のほうか」
ルシッドが言った。
「やはりと思うんなら最初から谷に行けばよかったじゃないのか」
オレが言うと、ルシッドは不思議そうな顔をした。
「無防備な背中から襲われる可能性もあるといっただろう。先に可能な限りその可能性を潰しておくのが当然じゃないか?」
まったくの正論だ。
さっさと敵を見つけたかっただけのオレは言葉に詰まった。
嫌なやつだという思いは変わらないが、こいつがギルドでナンバーワンのパーティのリーダーだということには納得がいった。ただ強いだけではなく、パーティメンバーの命を大事にしているのだ。
「野盗の野営地はいくつかある滝のうちのどこかじゃないかとは話をしてたんだ」
ヤムトが言った。
「岩壁が複雑に入り組んでいて外からは見えづらい。場所によっては滝の裏に空間ができている所もある。
なにより滝の音が気配を隠してくれるからな」
オレは頷く。
以前鉱石採集に来た時にもいくつか滝を見た。入り組んだ岸壁の間を流れる川は細く、どの滝もさほどの高さはなかった。しかし滝壺の周囲の岸辺には少し開けた場所があり、野営地とするには都合が良さそうだった。
「行くんなら早くしないと日が落ちるぞ」
オレがそう言うとルシッドはまたもや首を横に振った。
「滝を探索するのは暗くなってからだ」