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肩すくめ

 シルバーに乗っての道行きではないので、到着までには時間がかかった。

 それでも朝早く出発をしたオレたちは、日が傾き始める頃には、針葉樹の森の前に到着していた。

 見覚えのある分岐路だ。ここを真っすぐ進み、森の中を上がれば峡谷にあたる。

 獣道は続いているが鳥車はとても通れないので、ここからは徒歩になる。

 オレはその事に少なからずホッとしていた。

 上級冒険者の手配した鳥車ではあるが、乗り心地は酷いものだった。荷車に幌がついただけの簡素な造りで、椅子に座ってはいても地面に落ちている石や段差、(わだち)などによる衝撃は全て尻へと伝えられる。道のほんの些細な凹凸も避けつつ進んだシルバーとは比べ物にはならない。


「カズは鳥車は初めてか?」


 車を降りてガニ股でヨタヨタと歩くオレを見てヤムトが訊いた。


「ああ、馬に牽かせるよりもかなりワイルドな乗り心地だな」


「乗り心地は悪いが、いざって時の速度が違うからな。まあそれも鉱竜殿に比べれば這って進むようなものだが」


「というかお前らみんなこんな乗り心地なのに平気そうだよな」


「慣れだな。レミックは魔法でなんとかしてるらしいが」


「ずりぃよな、魔法使いって」


 先を歩くレミックを見る。

 自分のことを言われているのは聞こえているはずだが、振り返る素振りもみせない。

 その伸びた背筋からでも、ツンとした拒絶の意思が感じ取れる。


 オレの役割はあのエルフの盾となる事だ。

 交戦時に魔術師の行使する魔法は強力である代わりに、当人は全くの無防備状態となる。

 魔術師を陣形の後衛に配置するのは当然だが、それに加えて盾となる役割も必要となってくる。

 ルシッドはオレがその役割に適任だと考えたらしい。


 後方にいる魔術師が警戒すべきは敵の急襲ではなく飛び道具による遠隔攻撃だ。もっと具体的にいえば矢やスリング等で投擲(とうてき)される石などが特に危険度が高い。

 身を挺してそれらから魔術師を守るのがオレの役割というわけだ。


 ……って、いやいや。オレなんかに務まる訳がないじゃないか。

 なるほど頑強な身体を持つドワーフのバナバは適任だっただろう。

 だがオレなんて、自分でいうのもなんだが、体格は一般的な冒険者に比べてひょろひょろだし、装備も軽さ重視で低防御力の革鎧だ。

 どう考えてもオレではなく獣人のヤムトこそが適任だろう。

 その意見を、オレはもちろんルシッドに伝えた。


「ヤムトには先陣を切るという役割がある。レミックの盾役は貴様で問題ない」という答えが返ってきた。


 確かに驚異的な攻撃力と速度を持つヤムトは、敵陣に斬り込む役目に最適だ。

 加えてあの威容は敵を恐れと混乱の淵に叩き落とす。

 溜め息を吐きつつ、頷くしかなかった。

 オレに盾役の適性がないとしても、仕事を引き受けてしまった以上なにもやらないというワケにもいかない。


「賄い役で雇ってもらえれば良かった」


 オレの言葉にヤムトは不思議そうな顔をした。


「飯は美味いに越したことはないが、野盗が巣食う森の野営で煮炊きなどとてもできぬぞ」


「いや、気にしないでくれ。ただの泣き言だ」


 そう言ったところで、弁当を持参していたことを思い出した。

 揺れの酷い鳥車の中では食欲と一緒に完全に忘れ去っていたのだ。


「サンドイッチがあるんだ。森に入る前に食べよう」


 ヤムトだけてはなく、他の皆にも呼び掛ける声量で言った。


「用意がいいな」


 オレからサンドイッチを受け取りつつ、ヤムトが言った。

 サンドイッチは、一人分ごとに大きめの笹──おそらくクマザサかそれに似た種類の笹に包んである。元いた世界と同じで笹の葉には爽やかな香りと防腐作用があり、このあたりではよく携行食を包むのに使われていた。


「コカトリスが余っていたからな」


 トヨケの店の保冷庫で預かってもらっているコカトリスの肉は、個人的に消費するだけではなかなか減らない。ハンガクたちとの約束もあったが、それを見越しても余裕があったので、手土産代わりに弁当を用意したというわけだ。


 サンドイッチの具材は、塩とオリジナルカレー粉、発酵乳(ヨーグルト) ニンニク、ショウガ、ハチミツと和えて一晩漬け置いた肉を、窯でじっくりと焼き上げたものだ。いわゆるタンドリーチキンだ。

 それを焼しめたパンを切って挟んである。


「城壁修理の時に食べたスープと同じ匂いがするな」


「さすが獣人、鼻が利くな。あの料理と同じ香辛料を使ってあるんだ」


「いや、さすがにこの強烈な匂いは誰でもわかると思うぞ」


 ヤムトが苦笑する。


「ヨール」


 レミックはオレから受け取った包みを開けもしないまま、ハーフリングの名前を呼ぶ。

 勝手知ったる様子で手を差し出したヨールにレミックは包みを渡した。


「食わないのか?」


 カレー味が好みではなかったのだろうか。

 たしかにエルフとカレーという組み合わせはなんだかちぐはぐなような気もする。だがカレーライスを出した時にはレミックも残さず食べていたように思うのだが。


「それを今から決めるの」


 ちらりとだけオレの方を見てレミックはそう言った。

 ヨールは両手にそれぞれ自分とレミックの分のサンドイッチ持ち目を閉じたままモゴモゴと口の中でなにかを呟いた。

 数秒ほど後に目を開くと「大丈夫だ」と、ひとつをレミックに返した。


「なんのおまじないだ?」


 オレの質問に答えたのはヤムトだ。


毒物感知(センス・ポイズン)、 毒がないかを感知する神聖魔法だ。ヨールは商神ビスに仕える神官なんだ」


「毒なんて入れてねえよ」


 オレの抗議にヨールは肩をすくめてみせた。

 十歳そこそこの少年のような見た目をしているので、その仕草がとても生意気に感じられる。


「腐ってないかのチェックだよ。こんな所で腹壊したくないから。ルシッドとヤムトはいいか?」


「ああ」


「お前たちのが大丈夫だったのならこちらも大丈夫だろう」


「腐ってもねえよ。そのためにカレー粉に漬け込んでるんだからな」


 オレがそう言うと、ヨールは今度は口も開かずにただ肩をすくめてだけみせた。

 腹立たしいことを除けば、あらゆるシーンの返答に使える万能のコミュニケーションツールだ。


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