勧誘と保護者気取り
「二日後に街を発つ」
オレがズボンの裾をたくし上げて濡らしたタオルで脛を冷やしてるところへ、ルシッドが来て言った。
「発てばいいじゃないか」
その顔を見ないまま適当に答えた。
いきなりケンカをふっかけられて脛をしたたかに打たれたのだから、愛想良くしてやる必要はないだろう。
「ショウエマ峡谷に野盗の討伐に行く」
全く感情の見えない声でルシッドはそう続けた。
「それはご苦労なことだ。
あれを野放しにしておいたらあそこを通る人が困るだろうからな。橋も架け直さないといけないだろうしな」
オレたちが報告したショウエマ峡谷の野盗を討伐する依頼がギルドから出て、ルシッドのパーティーがそれを受けたのだろう。
「貴様も来るんだ」
「なに言ってんだ」
ルシッドがなにを言ったのかが理解できなかった。
一拍遅れて勧誘されているのだと気付くが、もちろんそんな話に乗るつもりはない。
「行かねえよ」
たしかに野盗に関して報告したのはオレだが、討伐依頼に参加する義務があるわけじゃない。
「ドワーフがパーティーを抜ける。
魔法使いが呪文を詠唱する間の盾になる者が必要だ」
「知らねえって」
「ヤムトが貴様を推薦した」
「なんだって」
思わず顔を上げて、ルシッドの肩越しに向こうのヤムトを見た。
どういうつもりなのかヤムトは片手をあげてみせた。
あの獣人には悪い感情は持っていないが、ルシッドのパーティーに入るのはまっぴらごめんだ。そもそも今の仕事が終わったらしばらくのんびりするつもりだったのだ。
「他をあたれ」
「誰でも務まるわけではない」
言葉の内容とは裏腹に、ルシッドは射すくめるような目でオレを見る。
「オレにだって務まらねえ」
務まったとしても行きたくはないが。
そもそもギルドにはオレよりも経験も実力も上の人間がわんさといる。
「貴様には資質がある」
「あ、そういうことか」
遅まきながら理解した。さっきのはそういうことだったのかと。
突然ケンカをふっかけてくるなんて、オレはそれほどこいつに嫌われていたのかと思ったが、どうやら入隊試験の押し付けだったらしい。
モリあたりが止めなかったのもそういうことならば納得できる。ルシッドたちが予め目的を話して言い含めてあったのだ。
こんなふざけた話があるだろうか。
突然殴りかかって、そこそこ防げたから仲間にしてやるなんて、悪徳勧誘業者も真っ青だ。完全にサイコパスのやり口だ。
「資質があろうが糖質があろうがお前らのパーティに入るつもりはないからな。
オレに声をかけてるヒマがあるんなら、必死に頼み込んでバナバを引き留めた方がいいぜ」
「バナバにはバナバの旅の目的がある」
そういえばバナバは、ルシッドのパーティとはまだ一度依頼を一緒にこなしただけだと言っていた。
ならばそれは、抜けるというよりパーティに参加するのをやめたということではないだろうか。
やはりこいつのパーティはブラックなのだろう。
そう考えてさらに気が付いた。こいつの目的はオレじゃない。
「そうか、目的はシルバーなんだな。だけど残念ながらうちのドラゴンは今朝から里帰りだ。
いつ帰ってくるか分からないし、そもそもあのチャリ野郎は冒険者の仕事にほいほい同行したりしないからな」
「それは分かっている。たとえ主従契約を結んでいたとしても、上位種の竜が人間の意のままに動くことなどありえないからな」
「そういうものなのか。さすがドラゴンオタク、詳しいな」
オレが感心してそう言うと、ルシッドはなにも言わず殺気のこもった目を返してきた。
もちろんシルバーとは主従契約など結んではいない。おだてたり食い物で釣ったりすれば割とうまくいうことを聞かせられそうな気もする。
だけどこいつらのためにそんな事をする気はさらさらない。
「オレたちは別に竜の力を必要としているわけではない。
貴様が適任だと判断したから、こうして頼んでいるんだ」
意外な答えだった。
ルシッドは竜に憧れてると聞いていたし、性格はともかく、シルバーの強さを欲しがるパーティは少なくないはずだ。
「……つかお前、なに一つ頼んでないじゃねえか」
■□
「カズさん、それ絶対受けるべきだよ」
トヨケが言い、
「そうだなあ、悪い話じゃないと思うぜ」
ハンガクが焼き菓子を頬張りながら、気がない様子でそう引き継ぐ。
興味がないのは別にいいんだが、ここはトヨケの店なのでもう少し行儀よくしてほしいところだ。ポロポロと食べかすが落ちている。
「私もそう思いますよ」
ツルがお茶を出してくれながらおっとりと言った。
相変わらず儚げな佇まいの妖精のような美人だが、トヨケの店なのになぜか自分の家のように馴染んでいる。
城壁修理の依頼を終えた翌日、オレはコカトリスとシェルクラーケンの肉の残りについて相談をしにトメリア食料品店に来ていた。
シルバーがどこか行くと言い出し、急遽トメリア食料品店にある氷魔法を使った保冷庫に入れさせてもらったのだ。
工事現場の食事で大盤振る舞いをしたがそれでも残りの肉はまだまだ大量だ。かなり広めの保冷庫であるが、そのほとんどのスペースを埋めてしまっていて心苦しい。
トヨケの伝手で買い手を探してもらったり、トメリア食料品で加工品にしてもらうなどのお願いをしているのだ。
「ていうかさ、いつやるんだよ、食べ放題」
ハンガクが言った。
「なんだその初耳の企画は」
そう応じたが、それがトヨケたちに料理を教えるという話だというのはオレも分かっていた。
この弓使いの中ではただ食べるだけのイベントになっているようだが。
そもそもトヨケに料理を教えるなんて事自体、だんだんと気が乗らなくなっていた。
転生する前の世界の料理の知識が多少はあるにせよ、実際に食料品店として様々な調理を施したものを客に提供している、いわばプロ料理人のトヨケに比べれば、俺の料理の腕なんて素人同然なのは分かっているからだ。
「ただ食べるだけじゃなくて、カズさんに料理を教えてもらう会だからね、ハンガク。とっても楽しみだな」
そのトヨケから一番楽しみにされているのが辛いところだ。
「コカトリスの肉の方もなんとかしないといけないし、それ使ってなにか考えてもいいかな」
捌いてもらった時にお裾分けをした肉で、トヨケはすでに燻製や干し肉を作っていた。
だけど研究熱心な彼女は、オレの作る異世界料理にも興味を持っている。少しでも役に立てるなら、全面的に協力はしたいとオレは考えていた。
「でもルシッドさんたちのお手伝いから帰ってきてからだよね」
トヨケが言う。
「なんで行くことになってるんだよ」
オレが抗議すると、トヨケはにっこり笑ってこう答えた。
「カズさん、冒険者ランク七位のままでしょ。
上位者のクエストに同行して成功して、その上級者の推薦があればランクは上がるんだよ」
そんなことはもちろん知っている。
だがオレはランクには興味がないので、これまでも申請などしてこなかったのだ。
「今のままでいいよ」
オレがそう言うと、トヨケは首を横に振った。
「きちんと自分の実力に見合ったランクになっておかないと。ランクによって受けられる依頼も変わってくるんだから」
「どうした、やけにカズに昇級を勧めるじゃないか」
ハンガクが言った。
オレも疑問に思っていた。
これまでは、トヨケに昇級を勧められたことはなかったのだ。
「だってカズさんがシェルクラーケンに勝てるぐらい強いなんて知らなかったんだもん」
シェルクラーケンに勝てたのはオレの実力じゃないと言いかけたが、同じ話の蒸し返しになるのでやめておいた。
「トヨケさん、シルバーさんに頼まれてましたものね『僕がいない間カズのことよろしく頼むね』って」
ツルの声は淡い雪のようにすうっと耳に染み入ってくる。
あまりに自然に言われたので一瞬気がつかなかったが、慌ててオレは聞き返す。
「ん、今なんて?」
「だからシルバーさんがトヨケさんに頼んでたのですよ。『カズはすぐにだらけるから、尻を叩いてやってね。トヨケちゃんのいうことだったらなんでも素直に聞くと思うんだ』と言われてましたよね」
最後の方は同意を得るように、トヨケに向かって言った。これはトヨケとオレがいる前で言って良いことではないんじゃないか。
顔を真っ赤にしたトヨケは曖昧に頷いた。なんだこの気まずさは。
「シルバーのヤツ、みんなに会いに来ていたのか」
オレがそう言うと、
「ちょくちょくここに来てお茶してたよな」
と、ハンガクが答えた。
「そうですね。この一週間だいたい毎日来られてましたね」
と、ツルも言った。
「そういえばくださいツルがコカトリスの肉を食べてみたいって言ったら次の日には持ってきてくれたんだもんな」
「すごいですよねシルバーさん」
「え、は?」
ツルに言われて、だと?
それであのチャリ野郎は突然コカトリスを獲りに行こうなんて言い出したのか。
コカトリスを狩ったのはヤムトだし、シルバーはなんにもすごくないのだが。
ママチャリでドラゴンのくせに、保護者気取りでそのうえ人間の女に鼻の下を伸ばしてるなんて一体どういう生き物なのだろうか。
最早、腹を立てていいのか面白がっていいのかもわからない。
オレはため息をひとつ吐いた。
「一応明日、ルシッドたちの所に行ってみるよ。もう他のやつに決まってるかもしれないけどな」
仕方ない。シルバーのせいでトヨケに気を遣わせてたのなら無碍に断るわけにもいかないだろう。