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遅れてやってきた銀色の相棒

 ……………………ん?


 やけに揺れる。それに移動もしているようだ。

 なぜか目が開かず、辺りの状況が分からない。


 今はいつだ?


 かすかに町の音が聞こえてくる。喧騒ではない。眠りについた町の、ささやき声のような生活音。なんとなくだが宿付近のような気がする。


 背中に硬い感触。広くはない。


 なにかに乗せられて運ばれているのだろうか

 馬の背中だろうか? 元の世界でもこっちの世界でも馬に乗ったことはないけど。


 ──ああ、再び意識が落ちていく。


 ディーバーやってて死んだ時と同じように闇に意識が溶けていく感じだ。

 そしてまた完全な闇。





「いててててて」


 今度こそ目が覚めた。


 身じろぎすると、関節という関節が痛い。思わず声が出ていた。

 仰向けに寝ていたオレの、開いた目に入ってきたのは、低くて蜘蛛の巣だらけの梁と天井。煤と埃にまみれたランプには火は入っていない。


「あれ、オレの部屋……か」


 オレの部屋といっても、ずっと滞留しているだけの一晩1000ルデロの安宿だが。


「それにしても、なんでベッドにそのまま寝てるんだ?」


 誰に言うわけでもないが、疑問が口をついて出た。

 普段は数少ない衣類のありったけを下に敷いて寝ているのだが、今はベッドの木の天板に直接寝ていた。そのために首やら背中やらが悲鳴を上げているのだ。


「いててててて」


 もう一度大げさな声を漏らしながら、オレはベッドに身を起こした。


 踏み固められた砂埃が黒い塗料替わりになっている木の床。床と同色の小さな木の机と椅子。壁際には申し訳程度の棚。壁の高い位置にある明り取りの小さな窓からはやわらかな日の光が入ってきている。朝のようだ。


 やはり見慣れた自分の部屋だ。


 ほとんど荷物らしい荷物も持っていないが、それでも棚や壁沿いの床には細々とした物が置かれている。それらもおそらくいつもと変わりはない。もっとも盗んで価値のある物なんてここにはなにもないのだが。


 オレはただ、いつもと変わらず自分の部屋で目覚めただけだった。


「つか、いつもと同じじゃねえし!」


 部屋のど真ん中に、仔馬ぐらいの大きさでふたつの車輪を備えた銀色の乗り物があった。


「シルバーチャリオッツ号じゃないか」


 あまりに堂々と置かれすぎていて、視界に入っていても違和感を覚えなかったらしい。


 それにしてもまったく意味が分からない。どうしてこっちの世界にシルバーチャリオッツ号があるのか。

 そもそもオレは眠りに落ちる前になにをしていたのか。


「ん、臭い?」


 自分自身がなにともいえない据えたような臭いがすることに気付いた。顔を触るとカピカピしている。臭いの元はこれのようだ。


「まるで乾いたゲロ……」


 言いかけて、それが「まるで」ではないことを思い出した。


「これ、オレのゲロだ」


 連鎖的に昨夜の事が甦る。

 貴人の二人組に絡まれたのだ。ボコボコにされて気を失ったのだ。


「あれ、それからどうなったんだ?」


 どうやって部屋まで戻って来たのかが思い出せない。

 かなり痛めつけられていたから歩くことさえままならなかったはずだ。

 誰かが運んでくれたのだろうか。


「まさか……お前が?」


 再びシルバーチャリオッツ号に目を向けて、話しかけてみた。

 だが当然のごとくシルバーチャリオッツはただそこにあるだけでなにの反応も示さない。


「ま、そんなワケないよな」


 おそらくモリが戻って来て、気絶してるオレを見つけてここまで運んでくれたに違いない。


 シルバーチャリオッツ号がどうしてここにあるのかは謎だが、そもそも異世界転生自体が謎なワケだから、なにかがどうかしてシルバーチャリオッツ号もここに来たのだろう。考えるだけムダだ。


「さてと」


 ベッドから降りて伸びをする。


 明日から一週間はモリの仕事だ。泊まり込みになるから多少の準備はしておかなければいけないだろう。

 賄い係といっていたが、オレ自身調理器具は大した物は持っていない。モリに確認してみて、もしないなら大きな鍋やフライパンはどこかで調達する必要がある。


 モリに会いに行こう。運んでもらった礼も言っておかなければならないし。


「あれ?」


 痛みがないことに気がついた。


 起き抜けた時は睡眠中の強ばりのせいで体のあちこちが痛かったが、起きて体を伸ばしたあとは、どこにも痛みがなかった。


「だいぶやられたはずだけどな」


 貴人の二人組にはさんざんな目に合わされた。唇やら脇腹やらは、相当なケガになっていたはずだ。


 ところが体のあちこちを点検してみてもケガらしいケガは見当たらない。 

 唇にも触れてみるが、昨日前歯が刺さったはずの部分はつるんとしていていつもながらにセクシーだ。


「モリのおかげ……なのか?」


 ケガがこうまできれいになくなっているとなると、考えられるのは魔法薬ポーションか回復魔法ぐらいしかない。


 モリが回復魔法を使えるなんて聞いたこともなかったから、考えられるとすれば魔法薬ポーションということになる。

 だけど、魔法薬ポーションはとても高価だ。多少の変動はあるが、同量のエール百杯分ほどの値段だから、多少のケガなら自然治癒に任せようと思えてしまう。


 それでもダンジョンに潜る冒険者からすれば文字通り死活問題なので需要も流通もそれなりにある。モリが持っていてもおかしくはないのだ。


「だけど魔法薬ポーションを使われたってことは、オレってかなりヤヴァイ状態だったって事だよな……」


 いくらモリが良い奴でも、使わないでも大丈夫ならわざわざ高価な魔法薬ポーションなんて使わないだろう。

 なんにしろ、この恩と魔法薬ポーション代はしっかりと返さないといけない。


「とりあえずモリんとこ行くか」


 そこでシルバーチャリオッツ号に目が止まった。


「乗ってくか…………いや」


 シルバーチャリオッツ号なら速いし楽だ。一瞬そう迷ったが、やはり徒歩で行くことにした。


 自転車はこの世界にない技術だ。そんな物に乗って悪目立ちすることはできるだけ避けたい。


 貴人たちにボコられたことで臆病になってる自覚はあるが、貴人やら神人やらにシルバーチャリオッツ号を没収されるような事態だけは死んでも避けたい。


「また後で、人気のないとこで乗ってみるか」


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