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「シルバー、それで取り込み中って一体なんだったんだよ」


「もうちょっとしたら教えるよ」


「もったいぶるなよ」


「説明するより見せたほうが早いから」


「じゃあ見せてくれよ」


「場所を選ぶんだよ。もう少し待ってて」


 露骨にめんどくさそうな口調でシルバーが言った。


 走行中にこんな会話が行えるのも声ではなく思念で意思をやり取りしているからだ。思念なのにめんどくさそうな感じを出せるというのもある意味才能だとは思う。


 起伏のある丘陵をいくつか越えたところで、だだっ広い草原に出た。行きしなにも通った場所だ。


「ここならいいかな」


 そう言うとシルバーは足を止めた。

 オレとヤムトはシルバーから降りてあたりを見回した。

 見渡す限りの大草原だ。背の高い樹木は見当たらず、せいぜい胸ぐらいまでの高さの潅木が点々と生えているぐらいで、取り立てて変わった物もない。


「ここでなにをするんだ?」


 ヤムトが訊いた。


「まあ見ててよ」


 シルバーは少し先まで進んだ。


 そこでおもむろにポケットからなにかを取り出した。

 とはいっても実際のポケットではなく、スキルによる便利な収納異空間のことだ。

 そして取り出された物も、ポケットどころか、どこかに収納され得るような代物ではなかった。


  最初オレにはそれが、白くて大きななにかであるとしか認識できなかった。

 少し観察して、巨大な生き物の死骸であるということは理解できた。


 感覚が麻痺しているのか驚くというよりも笑いがこみ上げてきた。


「お前が獲ってきたのか?」


 それがなんであるかは分からなかったがそう訊いてみた。


「もちろんだよ。こんなのがその辺に落ちているわけがないじゃない」


「まあ、そうだよな」


「これは……なんだ?」


 ヤムトがそう訊いた。

 シェルクラーケンが出てきた時でさえ、動揺らしい動揺は見せなかった獣人に、驚愕している様子が見て取れた。

 サイズ感では比べ物にもならないのだから当然なのかもしれない。目の前のこれはまるで白い山なのだ。


「ロック鳥だよ」


 シルバーが答えた。


「これがあの……」


 曖昧に頷いてから、ヤムトはピンと立った耳をゴシゴシと掻いた。


「カズは知らないでしょ」


「なんでそう決めつけるんだよ。名前ぐらいは聞いたことがあるぞ」


 元いた世界ではシンドバッドの冒険譚に登場していた。

 こちらの世界ではその巨大さのせいもあって、目撃例が皆無というわけではないが、一部地域では神に近い扱いもされて、信仰の対象になっているとも聞く。


 それにしても巨大だ。球場に匹敵するほどの大きさがありそうだ。


「こんなのどこで獲ってきたんだ?」


 ロック鳥だと認識してみれば、巨大な翼に生え揃う羽根の一本一本はオレの身長よりも大きいし、鉤爪も象の二、三頭ぐらいならやすやすと握りつぶしてしまいそうだ。


 人間の冒険者風情では太刀打ちどころか近づくことさえ叶わないだろう。


 どこで獲ったのか以上に、どうやって獲ったのかという疑問のほうが強いが、あまり驚いてみせるのも癪なので、それは訊かないでおく。


「山のてっぺんだよ。

 コカトリスを捕まえて食べるために山頂に降りてきたんだよ」


「コカトリスを餌にするなんてさすがにスケールがでかいな」


「なにいってんの、僕たちも晩ごはんにするコカトリスを獲りにここまで来たんじゃないか」


「それもそうか。

そういえばオレもこのロック鳥が飛んでる姿見たかもしれん」


 山頂にいた時に高い空を飛ぶ鳥を見たことを思い出した。

 あの時は大きさには気付けなかったのだが、オレが思っていたよりも高いところを飛んでいたため、ふつうの大きさに見えたのではないだろうか。


 そこで突然ヤムトが声をあげた。


「ああ、そういうことだったのか」


「どうしたんだ、急に」


「シェル・クラーケンの幼虫だ。

あれは自分がロック鳥に食われるために、水辺にきたコカトリスの頭部を乗っ取っていたのか」


「どういうことだ?」


 オレは聞き返す。


「コカトリスを操って山頂までいけば、ロック鳥に食べられる。

そしてロック鳥がどこか遠くまで飛んでフンとして幼虫を排出すれば、そこを住処にして成長するのではないか」


「よく分からないが、フンになってる時点で幼虫死んでるんじゃないのか?」


 あの気持ちの悪いカラフルなナメクジを思い出しながらオレは言った。

 それに答えたのはヤムトではなくシルバーだった。


「ヤムヤム君、中々いい線いってるね。

ただひとつ惜しいのは、コカトリスを乗っ取っていたアレは幼虫じゃあなく、卵なのだよ。

正確には卵を包む皮だね。あの軟体生物みたいな袋の中に、シェル・クラーケンの卵がぎっしり詰まっているというわけさ」


「ちょっと待て。想像するとなんか色々とムリなんだが」


 手に取ってボスイカに投げつけたナメクジ皮の感触を思い出してオレは身震いした。


「なにいってるのさ。

 タラコだって筋子だって皮に包まれてるじゃない。その皮が自分で動いているだけだよ」


「だからそれがムリなんだって」


「シェル・クラーケンは淡水にしか棲めないんだ。

だけどあれだけの大きさだから、何匹もの個体が同じ場所に棲むことは難しい。

だから産卵をすると、少しでも遠く、色んな場所に卵を運ぶ必要があるんだよ」


「ふむ、そのためにロック鳥を利用しているというわけなのだな」


 ヤムトがアゴに手をあてて頷いた。


「利用というより共生かな。

ロック鳥はこの巨体だから、おいそれと入り組んだ場所の獲物は獲れない。だから、山頂まで獲物を運んでもらえるとすごく助かるんだよ。

その見返りとして、シェル・クラーケンは卵を遠くまで運んでもらう。

ロック鳥は山あいに降りてフンをする習性があるから、フンに混じった卵はけっこうな確率で渓谷の川にたどり着くことができるんだ。川を流れていってちょうど良い場所に落ち着いた卵は、そこで孵化して成長していくんだ」


 シルバーのどや顔での解説にはなに一つ感心したくないのだが、ヤムトはため息まじり口を開いた。


「あれだけ大きな魔物がどこからやってきたのか不思議だったのだが、そういうことだったのか」


「ナショジオで紹介されるべきだよね」


 シルバーが続けた言葉の意味は分からなかったらしく、ヤムトはそれには首を傾げただけだった。


「で、これはどうするんだよ」


 オレはシルバーに訊いた。

 主観的に見ても客観的に見てもロック鳥はでかすぎる。

 ペンディエンテでこれを解体できるとは思えない。そもそも市内にはこれを出せるだけのスペースがない。


「とりあえず保留かな。どこか解体してくれそうな街とかギルド探さないとね。

今日の晩ごはんはコカトリスとシェル・クラーケンがあれば足りるでしょ?」


「足りるもなにも、どちらか一つでも数日分にはなるな」



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