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VSイカ(3)

 想像していたよりも脆い感触。剣の鍔までが眼球の中心に埋まっていた。

 慌ててそれを引き抜く。


 直撃にものすごい勢いで殻が閉じ、目を覆い隠した。

 もしも瞬でも引くのが遅れていれば、殻に挟まれて腕ごと剣を持っていかれていた。

 剣に血はついていない。いや、イカの血は透明なのだと聞いたことがある。


 イカは殻の隙間から触手だけを出しているが、この状態での攻撃はないはずだ。なにより目が閉じられている。

 ダメージと痛みで閉じ籠もるのは何秒ぐらいだ? 何秒もなく、この瞬間にも殻を開いて触手を打ち出してくるのか?

 さらなる攻撃を加えるべきか。触腕から解かれたヤムトのもとに駆け寄るべきか。それとも他にやれることはあるか。

 いずれにせよ賭けだ。

 賭けならば少しでも分の良いものに賭けるべきだ。


 ざばんと膝まで浸かる水を掻き分けて離脱した。水の中では動きが遅くなる。水際を走って反対側の目を目指して回り込む。

 怒り、もしくは恐怖に突き動かされて、もうすぐにでもイカは攻撃に転じてくるはずだ。殻が開けば終わりだ。あっという間に触手で捕らえられて口へと運ばれるだろう。


 ──よし、間に合った


 再び湖水に足を踏み入れる。イカの右眼の前だ。

 殻はまだしっかり閉じられている。これが開いた瞬間に攻撃を仕掛けるのだ。


 ところが殻は閉じられたままに、わらわらと動く触手の中から二本の触腕がぬうっと伸ばされた。左の触腕は左側を、右の触腕は右側を、攫うように動かしている。

 視覚ではなく触覚でオレを探すつもりらしい。これはヤバい。かなりヤバい。


 なにか手はないか。無意識で探った水面に、手が触れた物がある。

 ぬるりとした感触のものが浮いていた。さっきオレが切ったナメクジの半身だ。中身が半ばこぼれ落ちてほとんどくちゃくちゃになった皮だけだ。

 気持ち悪い、などとはいってられない。意を決してそれを掴む。

 慎重に狙う余裕もないので、おおよその見当で投げた。

 徐々にこちらに向かっていた右の触腕にうまく命中した。


 右の触腕が皮を絡め取ったかと思うと、左の触腕までもがそれに巻きついた。


 ──よしっ


 声を出せないので、心の中でガッツポーズを叫ぶ。


『なにがよしなの?』


 ──なにって、そりゃあ獲物を捕らえたら次にコイツは殻を開くだろ? その瞬間を逃さず目に剣を……って、おい! チャリ野郎!! どこにいやがるんだ!?


 突然シルバーのテレパシーが聞こえてきた。あたりを見回したが、その姿はない。


『なんだよ突然、ガラ悪いな。

 でも僕にとってチャリ野郎は全然ディスられてる言葉にならないよ。

 カズが人間野郎っていわれるのと同じことなんだからね。

 僕がいるのは山のてっぺんだよ』


 ──なんだっていい。オレたちのいる場所は分かるな? すぐに来てくれ


『すぐったって、こっちも取り込んでるんだよね』


 ──取り込んでるのなんて後回しだ。っと、とりあえず来いっ


 思わずシルバーと会話のラリーを続けそうになったが、イカの殻が開き始めたので慌てて打ち切った。

 山のてっぺんか。たとえ取り込んでいなくても、ここに来るまでにそこそこ時間を要するはずだ。シルバーの助力は見込めない。

 この一撃は外すわけにはいかない。左手で柄をしっかりと握り、右の手の平を柄頭にあてる。

 イカの眼が現れた。


「ふんっ」


 足の踏ん張りが効かないので、体重を乗せるようにして剣を突き出した。

 硬いものを砕く手応えとともに剣が鍔まで埋まる。

 先の経験からすぐに殻が閉じられることを予測して、体ごと剣を引く。

 殻が閉じた。

 オレは背中から水中に倒れ込んだが、這うように必死で水を掻いてなんとか岸にあがる。


 イカは完全に殻に閉じ籠もった。触手も漏斗も縮めている。やはり巨石に見える。収めるべき物が収まるべき場所に収まっているようだ。

 とりあえずこれで少しの時間は稼げるはずだ。


 オレはヤムトの元へと走る。

 触腕に投げ出された獣人は仰向けで地面に転がっていた。

 浅く胸が上下している。良かった生きてる。


「ヤムト」


 声をかけながら、ヤムトの腰にあるポーチを探る。

 やはりあった。最も取り出しやすい所に、ティーバッグほどの大きさのフクロブドウの葉の小袋が見つかった。中には回復薬(ポーション)が入っているはずだ。

 つまみ出して、ヤムトの口に押し込む。

 狼の口の中に指を突っ込む体験をすることになるとは思わなかった。

 無意識にでも指を噛みちぎられないかと気が気じゃないが、ヤムト自身では葉袋を噛むことはできなさそうなので、そのまま口の中で指で袋を潰してやる。

 葉袋の残骸もそのまま口に残し、オレはヤムトの頬を叩く。


「おい、大丈夫か」


 ヤムトはすぐに目を開いた。


「すまぬ。気を失っていたようだ。どうなった?」


 軽くむせながら身を起こし、ヤムトは顔を歪める。うめき声こそ漏らさないが、まだ痛みは激しいようだ。


「ポーション一個じゃ足りないか」


 オレが訊くと、答える代わりにヤムトはポーチから葉袋を三つほど取り出し口に放り込んだ。

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