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ウォータースライダー

 落ちた。


 アクションゲームなんかだと、こういう穴はボーナスステージ的な隠しダンジョンになっているものだ。だから不用意に飛び込んだオレに落ち度はない、と思いたい。


 しかし落ち度があろうとなかろうとオレは落ちた。


 まっ暗闇の中、とっさに両腕で頭を守った自分を褒めたい。

 二度、壁面に体をぶつけながら落ち、最後に肩から地面に衝突した。

 腕と肩にガツンと衝撃がきた。ダンゴムシのように丸まり全身に力を込めたが、衝撃は全身を駆け巡り、痛みと苦みの中間の苦痛で身体が満たされた。


 少しの間動けず、丸まったまま低く唸ることしかできなかった。地面は濡れて冷たく、ぬめぬめしていたが不快感よりも苦痛が勝った。

 薄くて軽い物ではあるがレザーアーマーを着込んでいたことが幸いしたのか、ケガらしいケガはなく、数分もすれば何とか立ち上がることができた。

 肩当てや籠手がなければむき出しの岩肌でざっくりとケガをしていただろう。

 ちなみに武器はショートソードを一本携行している。刃渡り50センチほど、大振りのナイフとほぼ変わらないサイズの剣だ。

 必要がなければこんな物騒な物を持ち歩きたくはない。だが冒険者としてはそうもいっていられないのだ。どのみちこれでコカトリスと渡り合うのは無理だろうけど。


 上を見ると、蔓草の隙間から外の光が差し込んでいる。

 落下したのは三メートルといったところか。

 壁が迫り出すように湾曲しているらしく、少し見る角度を変えれば入口の光は見えなくなる。壁にぶつかりながら落下したお陰で、地面まで真っ直ぐ落ちずに済んだようだ。


 壁に触れてみる。床と同様に濡れてぬるぬるしている。光がほとんど届かないので見えないが、コケか何かが生えているようだ。

 気持ち悪いのをこらえつつ、手探りで壁をなぞる。小さくてむにゅっと柔らかいものに触れてしまったが、そういう岩なのだと思い込む努力をした。


 壁を触りながら一周した結果、ここは三角フラスコのような形をした空洞らしく、壁はどこもオーバーハングになっていることが分かった。

 取っ掛かりのない濡れた岩肌ともあいまって、とても登ることはできなさそうだ。


 だが、全く道がないわけじゃない。壁の一部に横穴が開いていた。

 しかし安易に進みたくはない。

 この先に出口がある保障はないし、先に行くほど狭くなって身動きがとれなくなるかもしれない。下に落ちる穴が空いてるかもしれないし魔物が出現する可能性もある。


 やはりここへ入るのはやめて、なんとか上へ登る方法を見つけよう。

 オレは横穴から離れる。

 いや、離れようとした。


 地面に出ていた植物の根に足を引っ掛けた。

 つんのめってバランスを崩した。この時素直に転んでおけばよかった。

 転倒しないようにと踏み出した足が濡れた地面で滑った。股裂きのように足が開いてしまいそれを戻そうとしたことで、今度こそ本格的に尻餅をついた。

 尻餅をついた場所が横穴だった。

 横穴には下降する傾斜がついていた。緩やかなものだったが、横穴の床は外よりもしっかりと水で濡れていてよく滑った。

 座りこんだ姿勢で尻から横穴に呑み込まれた形になった。

 立ち上がろうともがくが足は地面に踏ん張ることもできず、逆に仰向け倒れてしまった。

 そこで気付く。傾斜が思ったよりも急だ。

 これヤバイんじゃないか? と思った時にはもうオレは頭から滑り始めていた。

 少量だが床に水が流れている。コケか何かのバイオの力(ぬるぬる)も手伝って摩擦係数はゼロに近い。傾斜がどんどん急になる。滑る勢いは増すばかりだ。

 ぐねぐねと曲がり、時には大きくカーブを描きながらも減速することなく滑り落ちていく。まるでウォータースライダーだ。

 絶叫すら吞み込んで、オレは落ちるに任せるしかなかった。


 突然宙に投げ出された。

 暗闇でまったく状況は分からないが、大きな空間に吐き出されたようだ。

 自由落下の中、地面との激突と死を覚悟した。


 次にきたのはドッボーンと水面を突き破る感触。

 水に落ちたらしい。あまりの冷たさに心臓が止まりそうだ。

 状況が把握できないままもがく。が、鼻と口に同時に水がなだれ込む。ダメだ溺れる。

 落ち着け。息を吸おうとするな。とりあえず口を閉じて息は止めろ。落ち着け。泳げないわけじゃない。今世では泳ぐ機会はほとんどなかったが、前世では小学校から水泳の授業はあったし立ち泳ぎなんかも教わっている。落ち着け。


 なんとか体勢を整える。溺れないよう、沈まないよう、手と足を動かす。

 水面から顔を出すと、そこでようやく空気を吸い込む。

 地底湖だろうか。深さは分からないが足はつかない。

 まっ暗闇と思われた空間だったが、ぼんやりとした黄色い明かりを見つけた。とりあえずそれを目指して泳いだ。


 ほどなくして岸についた。

 這うようにして身体を引き上げると、そのまま仰向けに寝転がり荒い息を整えた。

 頭がガンガンして、体は氷のように冷え切っている。手も足も鉛のように重い。このまま力尽きそうだ。

 むしろ力尽きたいところだったが、淡い光の中に大きな影がのそりと動いて、オレは反射的に身を起こした。

 オレのふたまわり以上大きな何かが近くまで迫っていた。

 地底湖となれば中ボスあたりの出現が定番だ。こんなところに明かりがあるのも不自然だ。

 不用意に明かりを目指してしまった自分を責めたいところだが、それは生き延びられたらにしよう。


 ふらつく足で立ち上がり、オレは奇跡的にもまだ腰にあったショートソードを抜いて構えた。

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