表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/125

出発

 

 ペンディエンテは城壁に囲まれた都市だ。

 モリたちが修繕している貴人の邸宅エリアを囲む内壁だけではなく、街全体も石積みの壁が取り囲んでいる。

 だがその壁もまた、街の中に収まりきらない家々によって取り囲まれている。この壁外エリアには主に、あとからこの街に来て住み着いた民たちが住んでいる。

 広場の市で商売をしている行商者たちも、日が落ちれば壁の外に出されるため、ほとんどはこの壁外集落にある宿に泊まる。

 街なかで寝泊まりすることが認められているのは、戸籍のある市民、もしくは街にあるいずれかのギルドに登録している者だけである。

 オレは市民ではなかったが、冒険者ギルドに登録している冒険者なので、安宿ではあるが壁の中で生活をしていた。

 しかし壁外の建物が全てボロ屋かというとそんな事はない。もちろん掘っ立小屋のような物もあるが、豪邸とは呼べないまでもきちんと建築された石積みの建物も少なくはない。住む、あるいは宿泊する場所と資産の多寡はイコールでないのだ。

 そして資産はないが壁内住みのオレは今、城壁を通り壁外区の街並みを抜けて、ペンディエンテの外へと出たのだった。

 目の前には、見渡す限りの小麦畑と、その間を縫うように伸びる踏み固められた土の道。

 麦穂はまだ背が低く色も青い。これから暑くなっていくに従ってこの青い麦穂の背も伸びていくだろうが、今はまだオレの膝上くらいの高さしかなく、遠くの森も見渡せる。


「ここからは少し急ごうか」


 ヤムトが言った。

 ここまでは壁外区の、朝早くからやっている商店をひやかしながら普通に歩いてきていたのだ。


「ヤムトはカキプロルには行ったことがあるんだよな」


「ああ、何度か行っている」


「なら道案内を頼めるか?」


 昨夜のうちにルシッドたちが所有する地図を見せてもらい、あらためてカキプロルの場所を確認はしたので大まかな位置は頭に入っている。

 シルバーにしても、この街に来る途中にそこを通ってきたというのだから、行き方も分かってはいるだろう。だけどこちらが先行した場合、ヤムトがついてこられるかが気掛かりだ。

 シルバーがふざけてヤムトを置き去りにすることも十分に考えられるし、そうなった場合はまた色々と (こじ)れることになるだろう。


「分かった。地竜なら我についてこれないなどということもないだろうが、速度を緩めてほしい場合は声をかけてくれ」


 顔に似合わない優しい言葉だ。

 だけどこれもオレを油断させるための演技かもしれない。警戒を解くべきではないな。

 それ以上特になにを言うでもなく、ヤムトは踏み固められた土の道を軽く走り出した。

 オレもシルバーにまたがり、ペダルを()ぎはじめる。

 ひと()ぎで速度に乗った。

 ヤムトがちらりと後ろを振り返った。すぐに前傾姿勢になり速度をあげる。

 オレが()ぐ力を強めたわけでもないのだが、シルバーも遅れじと速度を上げた。


 辺りに広がる畑や牛の放牧場がすぐに見当たらなくなった。見えるのは延々と続く草原と遠くの丘や森。

 オレたちが走る真っ直ぐ伸びる道の先は、草原の中にあっても見分けられた。数え切れないほどの人々が、数え切れないほどこの道を行き交い土を踏み固めたのだろう。

 遥かな過去から今日までの月日に思いを馳せることができるほど、のんびりとペダルを()いだ。そもそも()必要があるとも思えないぐらいだし。


 幾つかの森や丘を越えたところで、まるで行く手を阻むかのように針葉樹の密生する山に直面した。

 そこで道が分岐している。

 直進して木々の間に入っていく急こう配の細い道。

 山を避けるかのように別れて、山麓に沿って左右それぞれに伸びていく道。


「この先にショウエマ峡谷がある。馬車だと三日もかかるのは、谷を越えられず、ぐるっと迂回をしないといけないためだ」


 足を止めたヤムトが言った。

 ショウエマ峡谷まではオレも来た事がある。

 谷底を流れる川の中にガーネットやサファイアの原石が稀に見つかる。それを採集してくれば、宝石のサイズや量に応じた買い取りをするという、宝飾ギルドからの依頼だった。


 あの時は、水流の関係でガーネットが堆積する淵を一緒に探索していた仲間が見つけるという僥倖に恵まれ、けっこうな額の報酬を得る事ができた。ただし川へ向かう途中と帰りにコボルトと遭遇して戦闘になっている。谷のあちらこちらにコボルトの群れが住んでいるのだ。 ここを通るのならば警戒する必要がある。


「川を渡るのか?」


 ヤムトに向かって訊く。

 浅く、流れもそこまで速い川ではなかったと記憶している。


「釣り橋がある。ドラゴンも問題なく渡れるはずだ」


 言うとヤムトは、ショウエマ峡谷に登る道へと進んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ