野生のニワトリ
『あのなシルバー、野生の鶏なんていないんだぞ』
鶏って庭で飼われる鳥だからニワトリって名前なんだと昔何かで読んだことがある。
脱走して野生化した鶏ならともかく、飛べない鳥が野生で生きていけるはずがない。
『え、まさかカズ知らないの!?
野生の鶏いるよ。野鶏っていうのがいるんだよ』
シルバーが大袈裟に、ものすごくビックリした感じの声(念)でそう言った。
まるで、キオスクが駅の中にあるのを知らない人に会ったかのような驚き方だ。
くそっ、ムカつくが、これはどうやらやってしまったらしい。オレが間違えてるのだ。
それにしても、コイツはなんでこんな妙なことを知ってるんだ?
シルバーは妙に優しい声で続ける。
『そもそも、その動物が家畜化されたから野生種は絶滅するなんて理屈はないからね。
ブタだってイノシシはピンピンしてるし、牛だってアメリカバイソンはまだ荒野を駆け待ってるでしょ。
鶏だって、セキショクヤケイとかセイロンヤケイとかアオエリヤケイとかまだまだ野生の種類がいるんだよ。
あ、さすがにこれは知ってると思うけど、鶏はキジ科に属してて……』
『分かった分かった、もういい。
つーかさ、オレたちが元いた世界には野生の、なんだ、野鶏?それがいたかもしれないけど、この世界にもいるとは限らないだろ。
もしもいたとしても、それがすぐに捕まえにいける場所に生息してるかもわからないんだし』
『だからいるんだって』
『なんでそう言い切れるんだよ。いくらフライドチキンが食べたいからって、適当なこと言うなよ』
暇な時に探しに行くならともかく、今は賄い係として雇われているのて、いるかどうかも分からないものを捕まえに行くことなんて許されるはずがない。
『だって僕見たんだもん、この目で』
『いつ?』
『住んでた地竜の郷からこの街に来る途中にだよ。というか、この街からすぐ近くだって』
『どこだよ』
さすがに見たと言われれば、頭ごなしに否定もできない。場所ぐらいはと訊いてみた。
『えーっと、あそこ何て名前の山だったかな。ここから北東の方に行ったトコの』
『コレラープか?』
『それってあのバカでかい山脈でしょ?
そこまで遠くじゃなくて、そのコレラープ山から小さな山が幾つか点々と連なってるとこの一番南がわ』
『一番南っていうと、カキプロル山か』
『そう、そこだよ』
『カキプロル山はここから片道三日はかかるぞ』
『何言ってんの。たしか一時間とかそれぐらいだよ』
ああ、そうだ。
三日は馬車や鳥車で行った場合の日数だ。こいつの尋常じゃない速度のことを忘れてた。
こいつにかかれば、このゲルニア大陸のどこだって近所ってことになっちまうんじゃないだろうか。
『だが、カキプロル山は遠いだけじゃない。かなり危険なんだ』
三日の距離なので、カキプロル山が現場となる依頼がこの街の冒険者ギルドに舞い込むことも稀にだがある。
ギルドで受けることのできる依頼にはランクがあり、特位を最上としてその下に一位、二位と続き八位まである。
これはそのまま冒険者のランクに対応していて、ギルドに登録している冒険者は自分のランクと同等以下のランクの依頼を受ける事ができるのだ。
ちなみに冒険者ギルドは街や国を越えて連携しているので、ある街で得たランクは他の国へ行ってもそのまま通用する。
そしてカキプロル山に出向く依頼のランクはたいていが四位で、ほとんどないことだが三位のものも中にはある。
モリやルシッドの級が一位だ。
オレ自身は七位。
一番下位の八位というのは、登録したての冒険者のことで、研修期間が過ぎれば七位に上がる。つまり実質的に七位が一番下ということになる。
冒険者ランクはあくまで冒険者としての技量なので、単純に強さとイコールではない。
依頼の達成度やサバイバル技術、ギルドへの貢献度などから判断されるものだ。
とはいえ七位は七位。どう頑張ったところで四位の案件が発生する山で通用するはずがない。
『鶏のために命かけられるか』
『ダメだよ。カズは行くんだ』
『だから行かねーって』
『ナイフにフライパンに鍋』
シルバーがボソッと言う。
『ん、なに言ってんだ?』
『異次元収納に入ってるんだけど、コレがけっこう重くてさ。売りに行こうかな』
「重いはずないじゃないか」
思わず声が出た。
たしかにあの道具たちはシルバーが爪を売った金で買ってくれた物だが、それをだしにするなんて卑劣極まりない。
食事中の皆の目がオレに集まった。
地べたに腰をおろしていた皆が囲む木箱の上の皿はほぼ空になっていて、雑談がメインになりつつある中だった。
というか、オレほとんど食ってないんだが。
「ホントに重くないのか?」
オレの近くに座っていたカルドが訊いた。
「え、いや、何が?」
「だからコカトリスの肉だよ。
せめてコカトリスぐらいの大きさなら、みんな腹いっぱい食えるのになって今話してたんじゃないか」
「え、コカトリス?」
コカトリスは頭と肢が鶏、羽の付いた胴がドラゴンで、尾が蛇の頭という魔物だ。
鶏の突然変異体ともいわれているが、胴がドラゴンということからも分かるように、その大きさは馬車ほどもあるという。
「カキプロル山に棲むコカトリスでも狩ってくれば大量のフライドチキンができるだろ」
ヤムトが言う。
確かにこの獣人ならばコカトリスも狩りそうではある。
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、モリも口を開いた。
「ああ、そうか。
カズは異次元収納のスキルがあるんだったな」
「え、いや、異次元収納はオレじゃなくて……」
『僕のスキルだってのはナイショだからね』
今回、食料や道具を買い付けるにあたってモリに異次元収納のスキルの存在を話はした。
だけどドラゴンで知能も高くてその上スキル持ちだと知られれば、要らぬ警戒を招くことにもなりかねない。事前にオレとシルバーはそう話し合い、シルバーが使える思念伝達や異次元収納のスキルの事は今回のメンバーには伏せていたのだ。
まあトヨケやハンガクは知っているわけだし、いずれは皆にも知られるとは思うのだが。
とにかくそういう事情により、異次元収納はオレのスキルという事になっていた。
「ほう、異次元収納か」
ヤムトが元から鋭い目をさらに細めた。それからひと際大きな声でこう言った。
「なあ、モリの旦那に棟梁さん。明日、我とコイツとでコカトリスを狩りに行くのを認めてくれないか?」