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フライドチキン

 皆の手が伸び、大皿四つに分けて盛ったポテトチップの山がみるみる小さくなっていく。


「これまた美味いな。ジャガイモか?」


 四、五枚を一度に口に放り込んだ棟梁が、もしゃもしゃと食べながら言った。行儀悪いな。


「ポテトチップっす!

ジャガイモを薄くスライスして油で揚げて、塩を振りました!」


 ハンクが勢い良く答えた。

 作り方を教えたのはオレだが、ポテトチップはほとんどハンクが作ったものだ。


 城壁修理もすでに四日目の晩。

 お互いの料理を教え合い、一緒に調理をするうちに色々とこなれてきていた。

 やはり料理や調理法のレパートリーはオレの方が多い。

 だがこちらの世界の食材の扱いに関してはハンクの方が長けている。

 必然的にオレが料理を提案して、ハンクと相談しながらそれをアレンジして作るという形になっていた。


「んで、こっちがフライドチキンだ」


 一応メインになるフライドチキンを盛り付けた皿を出すと、さらなる歓声が上がり手が伸びる。


「揚げ料理か。鳥肉のフライは初めてだが、この匂いだけで美味いことは分かる」


 モリはそう言うと手に取ったフライドチキンにかぶりつき「熱っ!」と悲鳴を上げた。


 この世界にももちろん揚げ物はある。

 だけどフライになるのはもっぱら川魚が多い。それもただ粉を振って揚げて、塩で食べる程度のシンプルな料理だ。

 鶏は玉子を採るために飼育していて、肉として食べるのは玉子を生まなくなった個体や、他の鶏に攻撃をしたり玉子を食べたりする問題個体が出た場合に限られているようだ。

 そのため食肉として市場に出回っている数も少なく、食材としては比較的高級な物になる。


 これが、地鶏でひね鶏ということになるので旨味は多い。しかし肉質がゴムのように硬い。 

 そんな肉の扱いは知らないので、下ごしらえはハンクに教わった。

 棒で叩いてワインに漬け込むのだ。

 叩くことで肉の繊維を断ち、ワインに含まれる酵素とかそういうのが肉を柔らかくするのだろう。


 下ごしらえが済めば、あとは普通のフライドチキンの作り方だ。

 肉を適当な大きさに切り分け、玉子とミルクをよく溶いたものに漬けてよく纏わせる。

 小麦粉に塩や、ニンニク、生姜、胡椒、ナツメグ等のスパイスを混ぜ込み、それを卵液を纏わせた鳥肉にまんべんなくまぶして少し置く。

 衣が馴染んだらさらに小麦粉をまぶして追い衣。この追い衣がガリガリの食感を生み出すのだ。

 あとは油で揚げるだけ。

 だいたい170度ぐらいに熱した油にそーっと入れて、後は触らない。下手に触ると衣がぼろんと剥がれてしまう。

 七、八割ほど火が通ったかなという頃にようやくひっくり返す。

 鍋底に向いていた面を上に返すと美しい黄金色に染まっていて、そのカリッとした食感がありありと想像できる。ここで作っているオレの腹も鳴る。


 本当はオレはフライドチキンではなく唐揚げを作りたいのだがこの世界ではまだ難しい。


 フライドチキンと唐揚げの違いは、


 フライドチキンは小麦粉を使い、衣に味をつける(肉に下味はつけない)


 唐揚げは片栗粉(+小麦粉の場合もある)を使い、肉に下味をつける(衣には味をつけない)


 となる。


 小麦粉は手に入るが、片栗粉がトヨケの店にも置いていないのだ。

 材料となるジャガイモもはあるのだし、この世界のどこにもないというワケではないのだろうが、あまり一般的に使われる食材ではなさそうだ。

 まあフライドチキンも大好きなのでこれはこれで不満はないのだが。

 不満があるとすれば……


「おい、もっとないのか」


 犬、もとい狼の獣人ヤムトが言った。

 獣人だから大食い、なワケではない。

 もちろん大食いは大食いなのだが、それはヤムトに限らずここで仕事をしている全員にあてはまる。

 つまり量が足りないのだ。皆がよく食べるうえに、そもそもの鳥肉の量が少ない。


 そして、


『シルバー、食いすぎだぞ』


 俺が心の中でそう注意しても、素知らぬ顔で唐揚げを平らげる自転車がいる。


 石工の棟梁の計らいもあり、オレは奮発して十羽分の鳥肉を仕入れてきた。

 だが、この自転車が二羽や三羽分はぺろりと平らげるものだからみんなの取り分が少なくなっているのだ。


『お前、キャベツが好物じゃなかったのかよ』


『人はキャベツのみで生きるにあらず、だよ』


『人じゃねーだろ』


『なかなかイケるね、これ。フライドチキンじゃなく唐揚げだったらもっと良かったんだけど』


 自転車のクセにオレと同じ好みをしてやがる。


 すごい勢いで鳥肉を貪り食うドラゴンには流石に誰も文句を言えないでいた。

 いずれにせよオレの目算が甘かった。予算はともかく、それほど数の出回っていない物を買い占める事にも抵抗があったし、買った鶏をしめて捌いてもらうカノミとトヨケの負担も気になったのだ。


 市では食肉用の鶏もたいてい生きたまま売られている。

 普通はそれを買った者は自分でしめて捌いて食用するのだが、オレは当然そんな事はやった事がない。

 だからトメリア食料品店にお願いをして、手間賃を払って捌いてもらったのだが、十羽分でもトヨケたちはけっこう大変そうだったのだ。


「うーむ、鶏肉はナシかなあ」


 思わず呟く。


『みんなが足りないって不満を漏らしてるのに、それを何とかしようとは考えない?』


『誰のせいで足りないんだよ』


『お客様が満足できるだけの食べ物を提供してこそのディーバーじゃないの?』


『いや、ディーバーの仕事は料理作るんじゃなくて配達だからな』


『そこにない食材ならば産地から届けてこそのディーバーでしょ?』


『いや、ディーバーが届けるのは食材じゃなく料理だからな』


『取りに行こうよ。そして明日の晩ごはんはみんなにお腹いっぱいの唐揚げを食べてもらおうよ』


『いや、お前が食いたいだけだろ。

 そもそもこの街でもそんなにたくさんあるワケじゃないんだから、他所へ行ったところでそんな、変わらないだろ』


『誰が街に行くっていったの?

 行き先は森。野生のヤツを捕まえるんだよ!』


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