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三本の指、四種のスパイス

「あとの二人は誰?」


 休憩小屋から離れるバナバの背中を見送りながらシルバーが訊いてきた。

 冒険者ギルドの三本の指のことだ。もはやオレの思考を読んでいるのを隠すつもりもないのか。

 無視しても後がうるさそうなので、作業の手を止めないまま答えてやる。


「モリとハンガクだな。実際に戦ったりしたわけじゃないから、あくまでオレ個人の感想だけどな」


「モリっておっちゃんは確かに強そうだけど、ハンガクちゃんも強いんだ」


「偏見に基づいた 〝なんとなく〟〝だいたい〟の見立てだぞ。ルシッドは長剣、モリはアックス、ハンガクは弓と、使う武器も戦闘スタイルも全然違うから単純に比較もできないんだけどな」


「ふーん。

 ちょっと不思議なんだけどさ、あのモリっておっちゃんにしても感じの悪い剣士にしても、そんなに強いんならどうしてこんな雑用みたいな仕事を引き受けてるの? 冒険者ってよっぽど仕事ないの?」


「今回は貴人の指名らしい」


「石材運ぶのに強さ関係ないよね? それとも壁修理の能力(スキル)でもあるの?」


「たしかに誰でもいいような雑用だが、その仕事をさせるのにギルドでトップの実力者たちを呼べと貴人サマが言ったらしい」


「えー、なにそれ?」


「バカバカしいよな」


「でもそのバカバカしい命令にギルドは逆らえないんだね」


「フィニスに住む全ての平民は、だな」


「あれ、じゃあカズの従魔が貴人サマをやっちゃったのって結構ヤバイんじゃないの?」


「それを言うならオレとは縁もゆかりもないどこぞのドラゴンが、だ」


「ボクハ ゴシュジンサマニ メイレイサレテ ヤリマシタ」


「今回は悪魔がやったという事に落ち着いているからな。そもそも貴人は自分たちが平民に害されることがあるなんて想像もしてないさ」


「ふーん、そういうもんなんだ。

 で、なんでカズは泣いてるの?」


「悲しくて泣いてるワケじゃない。コイツのせいだ」


 オレは自分の手元を示す。


「タマネギかあ。大量だね」


「人数考えるとタマネギも大量になるんだ。みじん切りするだけでも大変だぞ」


 上と下を切り落として皮を剥く。

 縦真っ二つに切る。

 寝かせた半分に1センチ間隔で切り込みを入れる。

 切り込みと直角の向きでバッサバッサと切っていく。

 ここから更にランダムに細かく切り刻んでもいいのだが、そこまではしない。


「切り方が雑だよ。細かくないし大きさもバラバラ」


「いいんだよ。どうせしっかり炒めて飴色タマネギにするんだ」


「お、料理意識高い系の定番、飴色タマネギ」


「定番でもなんでもこれやった方が美味くなるんだよ」


 本当はハンバーグの時もこれをやりたかったのだが、あの時は時間がなかった。

 今は料理する時間が取れるから、タマネギをしっかり飴色に染め上げてやるのだ。


「よし、みじん切り終了っと」


 粗みじんにしたタマネギを油をしいた厚めのフライパンにいれて、小屋の前に設えた焚き火台の上に乗せる。


 街中の、それも貴人さまの邸宅もあるような地域なので、石畳だろうが芝だろうが地面で直接焚き火を行うことはできない。

 そこで調理をするためには焚き火を行うための台が必要になるのだが、この台の上には架脚と網が付いていてそのうえにフライパンや鍋を乗せて調理を行えるようになっている。

 薪を使うため火力の調節が少し難しいのだが、すでに熾火状態にしてあるので焦がす心配もないだろう。


 飴色タマネギを作る時に一つコツがある。それは少し水を入れてやることだ。水を入れると蒸し焼きのようになって火が通りやすくなり、時短になるのだ。


 フライパンにみじん切りタマネギを均一に広げたら、しばらく放置。この時水分も飛ばす。

 フライパンに接している面が、だいたい良い感じのうっすら焦げ色がついただろうなという頃に、へらを使って焦げ面を上にするようにひっくり返す。

 それから飴色が均一になるように全体を混ぜたら、またしばらく放置の時間だ。この放置時間をしっかりガマンできるかどうかに飴色タマネギ作りはかかっている。


「甘い匂いがしてきたね。これでも十分美味しそうだけど、一体これは何を作ってるの?」


「まだ秘密っていいたいところだが、匂いですぐに分かってしまうか。

カレーだよ。やっぱり大人数で屋外で食べる料理となるとカレーだろ」


「あ、じゃあ、あっちの鍋はご飯?」


「ああ、そうだ」


 シルバーの言うあっちの鍋とは、別に用意した焚火台の網にのせてある鍋のことだ。そちらでは今ご飯を炊いている。


「この世界のコメはジャパニカ米とインディカ米のちょうど中間くらいの感じで、パサパサはしてるんだけど、多少は粘り気もあって、どっちつかずなんだよな。それに赤いのやら黒いのもけっこう雑じってる。

 普通に白ごはんとして炊いてもあんまりおいしくないし、インディカ米みたいに茹でても、ベチャベチャになる。

 粥として食べられることが多いんだけど、普通の白米みたいに炊いてとろみのある汁ものをかけて食べたらきっと美味いと思うんだ」


 話をしながら、フライパンに皮を剥いて適当な大きさにザクザク切っておいたニンジンとジャガイモも入れてさらに炒める。

 しばらく炒めてから全部を大鍋に移して、水と一口大に切り分けた乾し肉を贅沢に投入する。

 うま味とかコクを出すために固形ブイヨンを入れたいところなのだが当然ないので、出汁が出るようにと乾し肉を煮込むのだ。


「もう一つの焚き火も何かするの?」


 シルバーが訊く。


「カレーのルウを作る。個人的には市販のカレールウが最強だと思ってるんだけど、ここには無いから仕方ない」


 ルウを使わずサラッとしたインドカレーよりもここの米にはいわゆるフツーのカレーライスが良いと思う。


 というかオレがフツーのカレーライスを食べたいのだ。


 フライパンに油と小麦粉、バターを入れる。

 弱火で炒める必要があるので、火力を弱くするため、フライパンを持って網から浮かし、火から遠い状態で炒める。

 焦がさないようにヘラでよくかき混ぜていると色が変わってくる。キツネ色になったらフライパンを火から離す。

 そこに数種類のスパイスを投入する。


 一時期、好きなスパイスをブレンドしてオリジナルカレー粉を作る事にハマっていた。

 その時得た経験知では、カレー粉はクミン、コリアンダー、ターメリック、チリペッパーの四種類のスパイスがあれば作れる、だ。

 インド料理店やカレー専門店では何十種類のスパイスを配合していることを売りにしているところも多いし、それはもちろんその方が美味いのだろうが、とりあえずカレーを作ろうと思えばこの四種類で事足りるのだ。


 そしてこれらのスパイスはこの世界にもちゃんとある。さらにいえば、トヨケとカノミの店にはちゃんと取り揃えられているのだ。


「カレー粉イン!」


 四種のスパイスをミックスしたカレー粉をルウに混ぜ込む。

 さらに、乾燥させた物ではないが、ニンニクとショウガのみじん切りを加えて、かき混ぜながらさらに火を通していく。


「おお! カレーの匂いだね!」


 シルバーが歓声を上げた。

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