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旅のドワーフ

「ここの石、あっちへ運び出してくれ」


「漆喰こっちだ」


 石工たちの声が飛ぶ。


 彼らに言われるままに、モリたちは休む間もなく飛び回っている。

 城壁の修理を実際に行うのは石工たちだ。


 モリの集めた人足は彼らのサポートとして、単純な肉体労働を行うのが役目だ。


 街に存在する様々なギルドの中でも、城の増改築や修理を請け負う石工ギルドは最も大きな力を持っている。対等でこそないものの、貴人たちに多少なりとも意見できるのは石工ギルドだけだろう。


「みんな頑張ってるね」


 シルバーが言う。

 オレにだけ聞こえる囁き声(ウィスパー)だが、もしも普通に喋っても他の者に聞かれることはなさそうだ。現場に飛び交う声はほとんどが怒号だ。


「腹減るだろうから美味いもの作ってやらないとな」


 オレとシルバーは現場の隅に仮設した休憩小屋にいた。

 扉の板戸を開け放ち小屋の前に焚き火台を設置して昼食の準備を進めている。


 現場の反対の隅には石工たちの休憩小屋も設置されていて、向こうは向こうで食事の準備を行っているようだ。

 辺りには新しい石や資材が置かれており、壁の前では大掛かりな石の吊り上げ機が今まさに組み立てられている。


 なんでも鳥車を引いていたモア鳥が急に走り出して車を激突させたらしく、壁の一部の石が破損していた。その周囲の積み石も乱れており、3メートルほどの幅に渡って補修するとのことだ。

 たった3メートルの修繕部位とはいえ、高さが10メートルにも届こうかという壁だ。積み直すための石を上げ下ろしするだけでも、吊り上げ機を使って一つ一つ地道に進めていくしかないらしい。


「アイツたちの分も作るの?」


 シルバーが訊いた。

 アイツたちというのはルシッドのパーティのことだ。


「もちろん。それが仕事だからな」


「鼻クソでも入れてやればいいのに」


「何とかいう上位ドラゴンのくせにやる事が小さいな」


「腹いせを大きい小さいで評価してるようじゃまだまだだね。やられた相手がどれぐらい嫌かを基準にすべきだよ」


「性格の悪さがよく表れてんな。というか、お前寝てたんだろ?」


 喋れないフリをするとは言ったものの、オレがルシッドたちと揉めている間、シルバーが何も言わない事を不思議に思っていた。

 オレを助けるつもりはなくても、ああいう場面でしゃしゃり出てくるのがこいつの通常運転のはずだ。

 だからここに来る道すがらその事を訊いてみたのだ。

 シルバーの答えは「寝てたよ。朝、早いんだもん」だった。納得のいく答えだ。というか起きてるのか寝てるのかが全く分からないのは何とかして欲しい。


「コケにされて歯ぎしりしたカズの復讐劇に期待してるよ」


「そんな事しねえよ」


 実際、獣人の迫力にビビりはしたが特に悔しいとも思わなかった。トカゲトカゲと言われていたのはシルバーだし、オレが腰抜けと呼ばれるのも今に始まった事じゃない。

 なぜあいつらが絡んでくるのかは分からないが、あの場はモリが収めてくれたし、仕事の間ぐらいは何とか仲良くなる努力をしていきたいところだ。


「今、『争わないオレかっこいい』って思ってるでしょ?」


「そんな事思ってない」


「コケにされたのに首を竦めてジッと耐えてるだけなのは、腰抜けというよりもヘタれだよね」


「むしろお前の方が失礼だぞ」


 そんなやり取りをしていると、人影がオレたちの前に立った。

 顔を上げると、ルシッドのパーティのドワーフだった。


「水か?」


 休憩小屋には皆が入れ代わり立ち代わり水を飲んだり塩を舐めに来る。


「いや」


 ドワーフはぼそりと答えた。

 伸び放題のヒゲと顔の両脇に垂れた蓬髪のせいで表情は分からない。


「飯はまだだぜ。腹が減ったならパンぐらいならあるが」


 その言葉には首を振ってから、ドワーフは頭を深く下げた。


「先ほどはすまなかった。ルシッドたちの非礼を詫びさせてくれ」


 意外な申し出に、オレとシルバーは顔を見合わせる。といってもシルバーは顔というかカゴなのだが。


「いや、別に気にしてないから」


 とりあえずそう答えた。怪我をしたり何か損をしたわけでもない。


「鉱竜殿が高次なる意識を持つことを知らぬがゆえの不作法だ。後ほどよく言って聞かせておく」


「ああ、じゃあそんな感じで……」


 なんだか面倒くさい。適当に謝罪を受け入れておくのが早そうだ。

 と考えたのだが、こういう場面ではシルバーが出てくる。


「地の民よ。石と鉄に育まれし小さき者よ。そなたの意を汲み、この度だけはこの牙をおさめよう。だが次はないぞ」


 シルバーが重々しく言った。

 また成り切ってやがる。寝てたクセに何が次はないぞだ。


「感謝する」


 ドワーフはさらに深々と頭を下げた。


「そういえばあんた、ルシッドのパーティには最近入ったのか?」


 広場の時にも思ったのだが、ギルド一の実力派パーティだけあってオレですら他のメンバーは名前と顔が一致する。だが目の前のドワーフだけには見覚えがなかった。


「これは自己紹介が遅れた。ワシはバナバという。

 一人で方々(ほうぼう)を旅していて、この街には少し前に来たばかりだ。

 ルシッドのパーティはギルドで紹介された。まだ魔物の討伐を一緒にやっただけだが、ああ見えて気の良い連中なんだ」


「一人旅のドワーフとは珍しいな」


 偏見かも知れないが、ドワーフというのは定住し、他種族の社会へ入っていくことをよしとしないイメージがある。


「ドワーフにも色々いるのだ」


 簡潔な返答だ。

 一人旅には何か事情もありそうだが、詮索されることをキッパリと拒絶している。


「ルシッドたちの気が良いかどうかは知らないが、組む相手としては悪くないと思う。ま、上手くやってくれ」


 流石に気の良いという部分には同意する気にはなれないが、実力者揃いである事は間違いない。特にルシッドの戦闘力は、冒険者ギルドで三本の指には入るのだ。

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