平常心
「有名な。良い意味でじゃないもんな、それ」
「確かに尊敬とか憧れの意味での有名じゃないね」
ハンガクはあっさりと頷く。少しぐらいは否定してくれても良くないか。まあお世辞を言いそうなイメージでもないが。
「でもアタシは良いと思うよ。そもそも冒険者なんてのは真っ当な仕事や組織に馴染めない与太者なんだ。その中で異端ってことは、そいつは真っ当なヤツってことだろ?」
そう言って、ハンガクはニコリと笑ってみせた。
たしか弓のハンガクとの異名をとる女傑だったはずだ。だけどこうやって笑うとはっきりとした目鼻立ちに愛嬌が生まれ、健康的な美とも相まってとても魅力的だ。
「ありがたいけど、オレはただのビビりだよ」
何となく照れくさくなって顔を逸らした。
「そのビビりさんがドラゴンライダーで、白馬の王子様よろしく助けに来てくれたんだから、もう何を信じて良いのか分からないね」
「シルバーか。いや、あれは……」
否定しようかと思ったが、考えてみればシルバーはこの世界ではドラゴンだ。それに乗るオレがドラゴンライダーと呼ばれるのも、あながち見当違いではないのかもしれない。
あまり説明しすぎて、転生のことまで話さなければいけなくなるのも面倒だ。少し話の矛先を変えてみる。
「今日は弓は持ってないのか?」
そう訊くと、ハンガクは短髪の髪をわしと掴んでため息を吐いた。そしてしょんぼりとした顔で言う。
「もちろん持ってきてたさ。でも薬か何かで眠らされてるうちにあいつらに取り上げられてたんだ。たぶん宿営の荷物と一緒くたにされてたはずだから今更もう取りにはいけない」
「それは残念だったな。いつか命知らずがあの悪魔を討伐した時に、回収するしかないな」
「報酬もおじゃんだし、やはり美味すぎる話ってのはダメだな」
冒険者の報酬は半額前払いが通例なので、残りの半額である成功報酬を受け取れなかったことを言っているのだろう。
それで愛用の弓矢を失ったとなると嘆きたくなる気持ちもわかる。
「そんなに美味い話だったのか」
「まあね。色々と条件が付けられていたのが胡散臭いといえばそうだったんだけどね」
「条件?」
「女性限定、かつ、処女に限る」
「ぶっ」
「ん、どうしたんだい?」
「い、いや、何でもない」
Dの称号を欲しいままにするオレからすれば、処女がどうとかいう話題はなかなかハードルが高い。
悪魔の生贄の条件としては妥当なところなのかも知れないが。
いや、まて、ということはトヨケも……。
いやいやそれがどうした。意識するほどのことじゃないじゃないか。
ここで変な態度をとれば、オレがイニシャルDであるとバレてしまうかも知れない。平常心、ここは平常心だ。
むしろ処女とかいう程度の単語、オレだって普通に口にしてやるぜ。
「と、と、いうか、処女かどうかなんて確認できないよな」
「なんだよ、こだわるな。トヨケが処女かどうかが気になるのか?」
ハンガクがニヤニヤ笑いを浮かべた。
「ば、ばか、違うし。こだわってないし。トヨケも関係ないし」
「ふーん、ま、そういうことにしといてやろうか。
『まだ未確定であり、極秘の情報なのだが、神聖な遺跡が発見された。神域であるから護衛者も巫女の資格を持ち得る清らかなる乙女にのみ依頼したい。もしも巫女の資格なき者が立ち入れば神罰がくだる可能性もあるので、応募者は偽りなきよう注意されたし』って注意書きがあったからさ。さすがに神罰受けるリスク冒すヤツはいなかったよ」
「な、なるほど」
「あ、アタシは処女じゃないから神域には立ち入らないって契約だったんだけどね」
「あ、そうなんだ」
それはそれで反応に困ることをサラリと言う。
「けっきょくアタシも生贄にされたんだから、処女かどうかは関係なかったのかな。それか一人でも処女がいればそれで良かったのか。ツルも処女だから二人いれば十分だったのか」
「あ、ああ、そうかもな」
いい加減、反応に困る話題は終わらせて欲しい。
「短時間で終わるし、場所は近場のダンジョンだし、報酬は良いし、条件がものすごく良かったんだ。情けないことにそれにコロリと騙されちまったよ」
拗ねたように唇を尖らすが、それがまたよく日焼けした顔を可愛らしく見せた。