咆哮
「だからこぐ意味……」
前と同じ問答を繰り返そうとしたところで、シルバーが急発進した。
ガクンと上半身が仰け反り、そのままオレだけが置いていかれそうになる。とっさにハンドルを握ってなんとか堪える。
体勢を立て直したところで車体が右に倒れた。曲がり角までがほんの一瞬だ。
後輪を滑らせる。タイヤが回転を上げる。石材を敷き詰めた床にタイヤの溝がグリップし、倒れた車体が立て直されると同時に再び急加速。
オレが覚えているのはそこまでだった。
あとは、曲がり角や階段が幾度となく迫ってきたのをなんとなく覚えている。
曲がりきれなかったのか、何度か石積みの壁に衝突して粉砕していた気がする。
オレにはほとんど衝撃が伝わってこなかった。ただハンドルを必死で握り締めて、目だけは閉じないよう努力をした。
「到着!!」
階段を駆け降りたシルバーが最後にそう叫んだ。
勢いを殺すため、シルバーはブレーキをかけると同時に車体を横滑りさせた。
バチバチと魔素を放電させながら車体は数メートルかけて止まった。
心臓がバクバクしている。口から魂を嘔吐しそうだ。
「……いや、今のスライドブレーキ必要だったか?」
絞り出すようになんとかそう言った。
辺りにはシルバーのスライドブレーキが巻き上げた砂埃が舞っていた。
「絶対に必要だったよ」
言い合いをする気力もない。
言い合いをしている場合でもない。
徐々に落ち着いていく砂埃の向こうに人影があったのだ。
「お、前たちはなんだ」
人影が鋭い声を上げた。
シルバーが到着と言ったのだから、ここに誰かがいることは分かっていた。
だけどそれは女性冒険者のグループではなさそうだった。
「こんにちは!ディーバーウーズです!」
思わずそう口走ってしまった。
目的地に到着した時の脊髄反射の発声は転生しても抜けなかったらしい。
「魔法罠やゴーレムを配置してたはずだが、どうやってここまで来た?」
砂埃が晴れた時、そこにいた二人の男の片側がそう訊いた。
どちらも絹のような光沢のある濃紺の生地のシャツの上から、なめし革と鉄板の軽装な鎧を身にまとっていた。
剣を構えて完全に警戒態勢だ。
「ね、あの二人って貴人?」
シルバーが訊いた。
「ああ、そうだ」
オレは答える。
軽装鎧でありながら、美しく染められた革ややたらと多い装飾が、冒険者ではあり得ない事を示している。
「やっぱりね。服とか鎧とか剣とか、がカズだと一生買えなさそうなヤツ使ってるもんね、二人とも」
「衛兵のおっさん、貴人と識人が何人かずついるって言ってたよな」
「識人はたぶんあの奥だね」
貴人の二人は一枚のドアの前に陣取っていた。
周囲には多量の荷物が置かれ、宿営の準備がされている。荷物の量からして二人分には見えない。ここを拠点として、あの扉の奥でなにかをしているようだ。
「ていうか、ゴーレムなんていたか?」
「いたよ、三体ぐらい。進行方向を塞いだから弾き飛ばしたけど」
「あー、そういえば何回か壁をぶち壊してたけど、あれは壁じゃなくてゴーレムだったのか。
衛兵のおっさんにダンジョン壊すなって注意を受けてたから、バレたらどうしようかとひやひやしてたんだが、ゴーレムだったんなら安心だ」
話しながらもシルバーは扉へと進む。
剣を構える貴人二人に近付いていくことになるので気が気じゃないのだが、シルバーに跨ったままおとなしくハンドルを握っていることぐらいしかオレにはできない。
「ど、ドラゴンライダーだと」
貴人の一人が言った。怯えた声だ。
「しかも話をしてやがる。亜竜じゃないぞ。こんなのおとぎ話でしか聞いたことがない!」
答えるもう一人も声と剣先が震えている。
「我の行き先を阻む者は業火の息にて黒炭と化してくれようぞ」
シルバーがノリノリだ。
「に、逃げ……」
「がおおっ」
二人が揃って背を向けかけたところにシルバーが吠えた。
その咆哮を背に受けた二人は、跳び上がってぱたりと倒れた。
「死んだのか?」
「いや、気絶しただけでしょ」
「ショックブレスとかそういう技?」
「なに言ってんの。ただがおーって吠えただけじゃん」
どうやら貴人たちは、ミスリルドラゴンとドラゴンライダーにビビりすぎて気絶したらしい。