探索開始
門を抜けると古い石積み建築の遺跡が現れた。おそらく神殿だったのだろうが、柱は倒れて屋根は落ち、敷石も剥がれていてすでに建物とは呼べない状態だ。
敷地面積としてはさほど広くはない。せいぜいが街にある教会より一回り大きい程度だ。
だがここは上モノではなく地下にその正体がある。
「貴人とか識人ってなに?」
歩き?ながらシルバーが訊く。
「ぶっちゃけ貴族と学者だな。ただこのフィニス州の貴族の権力はとてつもなくデカい。その上、強さもハンパない。どうあがいても庶民に勝ち目はないんだ。
識人は王宮に雇われてる学者だから公務員みたいなもんか。世襲制じゃないから理屈の上では庶民出の識人がいてもおかしくはないんだが、そもそも学問なんて金にならないものに打ち込めるのは貴人さまぐらいのものだから、実質貴人の中の勉強好きなヤツって感じか」
オレにしても半年間で何となく理解した一般常識なのであまり詳しいことは知らない。
ただ一つ、昨夜この身で体験して分かった事は、貴人に対しては絶対に逆らってはならないということだろうか。
「ていうか何でそんなにモノ知らないんだよ。お前だって半年前に転生してたんだろ」
この世界における州は前の世界にあった連邦とか国家連合のようなものだ。
とはいえ歴史を経る中で地理的に近い国や都市が自然とまとまったという側面が強く、同じ州に属していても政治的、思想的にガチガチの一枚岩というわけではない。
ただ、ここペンディエンテの属するフィニス州だけは他州と比べると少し特殊で、神人と貴人という支配者階級が州全体を治めていた。思想的にもシンプルだ。神人は何よりも尊く、平民は貴人の命令には絶対服従。
このあたりの事はその辺の子どもでも理解しているので、一般常識としても差し支えないだろう。
「だってずっと地竜の郷にいたんだもん。人間の社会の事なんて知らないよ」
「転生してきてるのにオレに会いに来ようともせず、竜の郷でのほほんと生活してたワケだ」
「なに束縛彼女みたいな事いってんの、気持ち悪い。まだ半年しか経ってないのに竜の郷を出てこうして会いに来たじゃないか。
そのうえ道端で死にかけてる所を拾ってあげたんだから、感謝こそしても僕を責めるなんてお門違いだよ」
話しながら廃墟へと足を踏み入れる。
落ちた屋根や壁の残骸は敷地の外へと撤去されている。
瓦礫も左右へと退けられていて、ダンジョンへの降り口へと続く通路が確保されている。
「今さらだけど、やっぱりお前が助けてくれたのか」
闇に沈む意識の中で、微かに覚えている何かに乗っている感覚はやはりシルバーだったのか。
「当たり前じゃないか。他の誰がこんなこ汚い落とし物を拾うんだよ」
「あ、じゃあケガが治ってたのは……」
「僕が癒しの息吹を使える事は知ってるよね。まさかそこを関連付けて考えなかったとかいうことはないよね」
「くっ」
実際のところ、全く思いつきもしなかった。というよりもケガの回復に関してはあれからあまり深く考えていなかった。
「でも今朝オレの部屋でお前を見つけた時はうんともすんとも言わなかったじゃないか。あれは完全にただの自転車だったぞ」
「寝てたに決まってるじゃないか。
あんな夜中に路地裏に落ちている汚物まみれの人間を拾って、宿まで運んであげたんだよ。どう考えても睡眠不足でしょ。
それなのにカズは自分が起きたら僕を置いてさっさと出かけてしまうんだから、身勝手にもほどがあるよ」
「寝てたのか。自転車も寝るのか。そして昼行性なのか」
「ほら、何か言う事があるんじゃないですかね」
「あ、あそこが入り口だ」
地下へと降りる幅の広い階段を指差した。
「さっきから見えてるよ」
「というかシルバー階段降りれるのか?」
「話逸らしたな。階段降りれないドラゴンがいると思う?」
「だってお前ドラゴンじゃなくて自転車じゃないか」
「最近僕、いつまでも古い価値観に縛られてる人見ると哀れみを覚えるんだよね。きっとこの人は何一つ新しい事を受け入れらず、価値観のアップデートもされないままに年老いて孤独に死んでいくんだろうなあーってさ」
「すでに一回死んでるけどな。それに何より異世界転生なんてとんでもない出来事も受け入れてしなやかに生きている25歳なんだけどな」
シルバーはため息ひとつ吐いて先に行ってしまった。ため息を返事代わりにされるとどうしてこうも腹立つんだろう。
オレの心配もよそに、シルバーはするすると階段を降りて行った。一体どうなっているのやら。
「ん?」
シルバーの後を追って階段を降りた。
この地下一階フロアは壁で区切られてはおらず、大広間といった感じの空間だ。上の神殿そのままの石造りで、天井もまだ普通の建物の一階分ほどの高さはある。
土砂が入り込み、あちらこちらに雑草も生えてはいるが、荒れ放題という程ではない。
広間の四方に通路が口を開いていた。さっそくここで四択を迫られるのだ。
そうしょっちゅう来るワケではないが、一応知っている場所だ。なんとなく違和感を覚えて首を傾げた。
「どしたの? 暗いの怖いの?」
無防備にも先々進んでいたシルバーが振り返った。
「何か、変な感じがする」
シルバーの問いかけに、何が変なのかすら分からずそんな返事になった。
「何かって何?」
「分からんけど、うなじがチリチリするというか、なんだか落ち着かないんだ」
「そこの罠かな。魔法仕掛けの」
「ん? 何言ってんだシルバー。こんなトコにトラップがあるわけ…………分かるのか?」
チート自転車のコイツの事だから罠探知のスキルとかを持っていてもおかしくない。
だが、こんな探索されつくしたダンジョンの入って早々の位置にトラップがあるとは信じ難いのだが。
「罠といっても、危害を加えるものじゃなくて、なんだろ、幻術に近いというか道を隠してるみたい」
「そんな事まで分かるのか。それもスキルなのか?」
「カズ、僕のライトをLEDのに変えてくれた事あったでしょ」
「ああ、あったな」
シルバーには元々、タイヤの横に付けてタイヤが回転することで発電する一般的なダイナモのライトが付いていたのだが、電球使用の物で明るさが足りなかったので、LEDに変えたのだ。
あれで、漕ぐ時の負荷は変わらないのにグッと明るくなって夜道が快適になったな。
「多分その影響で、なんでも見通す目、神眼のスキルを得てるみたい」
「もうなんでもありだな」