人の上位種
「キジンって、なんだわよ?」
ラシオンが目を細めて問いかける。
シルバーを見ていても当然分からなかったけど、蛇やトカゲと違って、竜にはまぶたがあるらしい。
オレは言葉を選びながら、頭の中に浮かんでいる整理しきれていない考えを口にしていった。
「貴人ってのは、オレが住んでるフィニスの中じゃ、普通の人間の上に立つ特別な存在ってことになってるんだ。ちなみにそのさらに上の支配者は“神人”と呼ばれている。他の国で言うなら、王や貴族って感じに近いかもしれない。まあ、竜には分かりにくい話かもしれないな」
「たしかに、あちしたちは人間の身分制度には興味ないわよね。とにかく、あんたの国には逆らえないほど偉い立場のやつらがいるってことでいいのかしら?」
「そうなんだけど、それだけじゃない……気がする。貴人は、ただの人間にしては強すぎる。そしてオレたちは、貴人を攻撃することができない。攻撃が効かないってわけじゃなくて――攻撃しようと“思っても”、いざ行動に移そうとすると、その意思が消えちまうんだ」
オレは、路地裏で遭遇した貴人の二人連れのことを思い出しながら話す。
それから、貴人が変貌したリッチにも、オレや疾風の剣の攻撃は通じなかった。あれは単なる強さや魔力量の問題じゃない。
説明は難しいが――オレたち人間は、貴人や神人を「攻撃できないように造られている」。そう言うべきなんだと思う。
「よく分からないわよ」
「説明が下手で悪い。でも、貴人ってのはただの身分じゃなくて、“人の上位種”なんじゃないかって思ってる。そしてそれが、天から来た存在だとしたら……筋は通る」
「つまり、あんたはこう言いたいわけだわね。あんたの国フィニスの中には、すでに“天使”が紛れ込んでる。そして“貴人”を名乗って、あんたたちを支配してるって」
「根拠はない。ただの思いつきさ。でも、そう考えると――竜の郷が襲われた理由にも説明がつくような気がしてる」
「どうして」
「竜の攻撃は、貴人に届くからだよ。貴人にとって、人間は脅威じゃない。でも、竜は脅威たりえる。だから潰された――そう考えるのが自然だろ?」
こんな雑な説明で、ラシオンに理解してもらえるとは思っていない。
だからオレは、元識人のリッチとの戦いの経緯と、シルバーがくれた剣の攻撃が通じたことを語って聞かせた。
黙って耳を傾けていたラシオンが、強い光を宿した目でオレを見つめる。
「……あんたの話が本当だとしたら、いったいいつから天使はあんたたちの国を支配してるのかしら」
「分からない」
オレは自分の国の歴史を、まともに学んだことがなかった。
でも、これは昨日今日の話じゃない。
フィニスの人間にとって、天使は侵略者じゃなく、“主”だ。
ならば、そんな天使が竜の郷を襲ったのは――何を意味している?
フィニスの支配だけでは足りず、今まさに世界を完全に手中に収めようとしているのか。
それとも、さらなる“天下り”を迎え入れるための準備なのか。
オレもラシオンも、黙って空を見上げた。
どこまでも青く、静かな空。
だがそこは、竜をも屠る天使たちがやってくる――不吉な世界なのだ。
「……シルバー様なら」
ラシオンがぽつりとつぶやいた。
オレは小さく息を吐き、頷く。
「ああ。あいつなら、天使なんかに負けたりしないよな」
あいつは、虫でも払うように、複数の貴人を瞬殺するような自転車だ。
“歌”とやらを聞いたとしても、きっと負けやしない。
「そうわよ」
ラシオンは力強く頷いた。
「……探すか、あのママチャリ」