光球
帆はいっぱいに風をはらみ、船団は順調に進んで行く。
船から見ていると、風が砂で作りだす波のような模様も相まって砂漠も海に見えてくる。
「暇だな」
出港してから二日目。オレはすでに暇を持て余していた。
上甲板は日差しがきついのだが、下にいても退屈極まりないので、ついつい上がってきてしまう。そしてまたどこまでも変わらない砂の海の景色に退屈を覚えるのだ。
とはいえ、ここまでの徒歩での移動にくらべると格段に楽でもある。暇だ暇だといいつつ、オレはこの時間を休養と考えることにしていた。
砂海船での移動は四、五日程度だと聞いていた。暇だ暇だと言ってられるのもあと二日か三日しかないのだ。
「人間っていうのは、こんなにも愚かでめんどくさい生き物だったのよね」
ラシオンがコバエでも追い払うかのように尻尾を左右に振った。
さすがに表情は読めないが、げんなりしてるんだろうなというのがその態度から読み取れる。まあ隣で延々と「ひま」を連呼されたらそうもなるだろう。自重するつもりはないけど。
トヨケたち人間女子は無意味に日差しを浴びることをさけて、中甲板で過ごすことが多い。ラシオンは日差しや暑さは特に苦にはならないらしく、風を浴びることを選らんで上甲板にいる事が多い。
「なにわよ」
オレが目を細めて見ていることを気にしてか、ラシオンがそう言う。
「ミスリルドラゴンが近くにいると日光を反射して眩しいなって思ってさ」
オレの言葉が終わらないうちに、ラシオンはぷいと背を向けて去っていく。
そのままマストのところまで行くとするすると登り、檣楼(マストの上部に設置されている物見やぐら)へと上がる。
オレも後を追いかけてみることにした。
マストを登ることはできないので、シュラウド(マストの上部へと登る縄梯子として使える網)に飛び付き、えっちらおっちらと登っていく。さほど苦労せずに檣楼へとたどり着いた。
「なんで来るのわよ。近くで呪文みたいにひまひま繰り返されるとこっちが滅入ってくるわよ」
とても嫌そうにラシオンが言った。
「追いかけてきたわけじゃないぞ。暇だから高いところに登ってみようかと思っただけだ」
別にドラゴンという種に対して恨みがあるわけではないが、単純に暇つぶしにウザ絡みでもしてみようかと思っていた。
こんな事をしてるから動物に嫌われるんだろうなという自覚はある。
出会った時には関わるのがめんどくさそうと思ったラシオンだったが、行動を一緒にしているとおどろく程おとなしかった。まるで人間には我関せずの態度を取る猫みたいだ。しかしアンバーには懐いている感じだったので、それが少し悔しくもあったりする。
ラシオンはさらにマストの上に逃げようという様子で顔を上げた。
そこでびくっと体を硬直させた。
釣られてオレも空を見上げる。
「お、流れ星か」
正午をまわって二時間ほどが過ぎた頃だろうか。まだまだ深い青空だ。そこに妙に大きな光球が二つ、尾を引きながら流れていった。
「あれは流れ星なんかじゃないわよ」
ラシオンの声は小さく硬い。
そもそも声ではなく念話のようなものだ。恐怖や怒り、その他の様々な負の感情がないまぜになった強い思念が、言葉とともにオレのうちに流れ込んできた。