竜の言葉
「いや、理解できてない」
反射的にそう答えてしまった。
「やっぱりできてるわよね」
慌てて首を振ったが後の祭りだ。理解できてないふりをしておかなければならなかったのだ。
「なにができてないのだ?」
アンバーが不思議そうに訊く。
「なにって、そりゃあ」
そこで気付いた。アンバーにはこの小竜の言葉が理解できていないのだ。
オレがアンバーと小竜に視線を交互に向けた事によって、アンバーにも事情が分かったらしい。
「竜の言葉が分かるのか」
「残念ながらそうらしい」
「まあ何ら不思議ではないか。あのミスリルドラゴンと主従契約を交わしているのだからな」
半ば独り言のようにアンバーが言う。
ミスリルドラゴンがあのママチャリの事なのは間違いなさそうだが、主従契約を結んでいるなんて誤解がまだあるようだ。
だけど今それを説明するのも面倒くさい。
「というか、このチビ竜もミスリルドラゴンだって言ってるんだよ、シルバードラゴンではなしに」
「なんと」
アンバーが小竜にずいと顔を寄せた。
小竜は嫌そうに仰け反る。
「見た目ではわからぬな。しかしおぬしがそう言うなら間違いないのだろう」
「オレが言ってるんじゃなくて、そのチビ竜自身が言ってるんだって」
ととと、と逃げるようにアンバーの足元を走り抜けて、小竜はオレの前に来た。
「ちょっとチビ竜とか失礼な呼び方やめなさいわよ。あちしの名前はラシオンだってさっき言ったわよ」
「ああ、悪かったな」
「それにチビじゃないわよ。花も恥じらう立派なレディわよ」
「それも悪かった」
ここは徹底的にいなしておき、隙をみてサラッとフェイドアウトしよう。この数言のやり取りだけでもこの小竜が面倒くさいヤツだというのは理解できた。
話し方で予想はついていたが雌らしい。
そう思って見ればつぶらな瞳をしている、ような気もする。そもそも比較対象がない。シルバーはただのママチャリだし。
ただしミスリルドラゴンというのがどのぐらい希少なのかは理解しているつもりだ。そんなにあちらこちらで涌いて出るような存在ではないだろう。シルバーは竜の郷があるというような事を言っていた。となるとこのラシオンという竜とシルバーが知り合いである可能性も高い。
オレはしゃがんで、ラシオンと目線の高さを合わせる。
「キャベツと珍しい薬草のどちらで育ったイモムシなのかは知らないけど、とにかく食べてしまったんだから、きちんと謝って何らかの対価を支払うべきなんじゃないか?」
意識的に穏やかな声でそう言った。
アガトあたりからシルバーの話が出るより先に、この場を立ち去りたい。
冷たいかもしれないが、ラシオンにはここに残ってもらって独力で事態を収めてもらおう。
当人がいうように本当にミスリルドラゴンなのならば、爪なり鱗なりを出せば十分に対価となり得るだろう。
ところがオレの言葉に反応したのは露天商の店主の方だった。