小竜
行きかう人々をかき分けるでもなく、オレはちんたらと進む。
くそっ、なんでオレがアガトの加勢に行かなければならないんだ。
アガトはただの商人だし、獣使いは使役するモンスター連れたままでは街中に入れないはずだ。だからもしもケンカ沙汰になれば、オレが矢面に立つしかない。そしてボコボコにされたうえに、またツルにちくちくと嫌味を言われることになるんだ。
オレが到着するより先に衛兵か何かが止めに入らないかな。とか考えているうちにも、すぐに人垣に到着してしまう。
人垣が強固でなかなか輪の内側に入れないフリをしようかと思ったのだが、オレを関係者と見て取った人垣構成者たちの不要な気遣いにより、さっと通り道ができてしまう。
「おぬしは」
獣使のアンバーが驚いた声を出した。とはいっても細く小さな声だ。モンスターに指示を出す時はもっと朗々とした声だった気がする。
「カズ、来てくれたんですね」
アガトがオレに微笑みを向ける。
違うからな。オレはお前のために来たんじゃないからな。友情とか育みたくねえからな。
「ちょっと野次馬根性で見に来ただけだよ」
と言ったが、何だかツンデレっぽいなと我ながら思ってしまう。
アガトが何も言わずに頷き返してるのがまた居心地の悪さに拍車をかける。
「で、どうしたんだよ」
問いながらも、すでにオレの目にはトラブルの元が写っていた。
「ええ、こちらの小竜が騒ぎの元です」
アガトが掌で示しつつ答えた。
その先には猫ぐらいのサイズの銀色の竜。そしてその向こうで渋い顔をしている露天商の店主のおじさん。
「自分とこのモンスターが食った物の代金を払うのは当然のことじゃろがいっ」
真っ黒に日焼けした店主は、顔の真っ白の長い口髭を激しく動かしながらそう言った。
「だからこれは私のドラゴンではないのです」
アンバーの小さな声はまわりの喧騒にかき消されてしまう。
どうやら人間と話すのが苦手なようだ。人付き合いが苦手で獣使いになったクチか。中性系イケメンなのにもったいない話だ。
「なんで見ず知らずのドラゴンの揉め事に巻き込まれてるんだ? だいたいこのドラゴンは何を食ったんだ?」
尋ねながらも、ドラゴンという符号に何となく落ち着かないものを感じる。
「このドラゴンは竜乳草を食べて育ったイモムシを喰っちまったんじゃいっ」
店主が唾を飛ばす。
「竜乳草? 高い草なのか?」
訊くと、店主は唾を飛ばしてがなり立てた。
「竜乳草は万病に効くだけじゃなく、万病を防ぐんじゃいっ。それだけでも目ん玉飛び出るぐらい高い薬草じゃが、それを喰って育ったイモムシじゃから、同じ重さのミスリルと同じぐらいの金額にはなるわなっ」
「そんなにか」
詳しいことは分からないが、一般的にミスリルは金の十倍ほどの値で取引されるという。
「でもこのドラゴンはお前の使い魔じゃないんだよな」
今度はアンバーに向かってそう訊いた。
「むろん私の竜ではない。だが街に銀竜が入り込んでるのだから放ってはおけない」
意外と流暢に喋る。
アンバーが人間嫌いだと思ったのは早合点だったか。それともオレが人間枠に入れられてないのか。
「それで、どうするんだ?」
「保護して、街の外に逃がす」
「物好きだな」
「銀竜というのは上位竜なのだ。街の者は無頓着だが領主などに知られたら面倒な事になる。もっともおぬしには言うまでもないことかもしれぬが」
どんな面倒事なのかは、それこそ面倒な事になりそうなので聞かずにおくとしよう。
「でも代金支払えんだろ」
「なーにが竜乳草だわよ。こんなのただのキャベツ畑イモムシだったわよ」
オレとアンバーの会話に割り込むように、小さな女の子のそれのような舌っ足らずの声がした。
驚いて声の先を見ると、小竜と店のおやじ。
まあ店のおやじではないだろう。となると声の主は小竜の方だが、アンバーが全く反応していないのが気にかかる。
「それにあちしは銀竜なんてパンピーじゃないわよ。魔法銀竜のラシオンとはあちしのことわよ」
今度ははっきりと小竜が喋っていた。しかも自分が魔法銀竜だと主張している。
これはもう黄色信号だ。何とか関わりを避けてこの場を去らなければならない。
そこで小竜は不思議そうにじりじりと後ずさるオレの顔を見上げた。
「あんた、わちしの言葉が理解できてるわよね?」