商人アガト
「遺品の買い付けですか」
ツルが興味深そうに聞き返した。
それも当たり前だろう。
この世界では遺品と呼べるような物を残せるのは貴人か大商店の大旦那ぐらいのものだ。必然的に遺品は高価かつ貴重、希少な物ばかりになる。それを買い付けられるとするとアガトの資金力は相当なものであるはずだ。
「買い付けといっても貴重な物には手も出ませんよ。たまたま安く手に入る物があれば、その買い手を探すんです」
よくは分からないが運任せの消極的な商売に思える。そんなものが成り立つのだろうか。
しかし、たしかにアガトからはサラクたちのような商売人らしさがあまり感じられない。それでもサラクからの信頼も厚そうだし才覚のある商売人なんだろう。
「貴人様のお屋敷に行ったりもするんですか?」
ツルが重ねて訊く。
貴人の資産に興味があるらしい。
料理に関してもそうだったが、ツルは様々なことに好奇心が働くようだ。
「そういうことも稀にはあります。とはいっても貴人様の持ち物なんてそうそう買い手が付くこともありませんし、もちろん私自身には購入できる資金もありませんから、鑑定したり目録を作成させていただいたりとかがほとんどですね」
その話題でリッチになった識人の家財道具を手に入れ損ねた事を思い出した。
それだけじゃない。考えてみればシルベネートのダンジョンにもダンシングフラワーの悪魔に阻まれて回収できない貴人たちの荷物が残されたままになっている。
あれらを手に入れていたら今頃ひと財産もふた財産も築けてたんだよな。
「どうかしましたか?」
オレの表情が渋くなっているのに気がついたのだろう、アガトがそう訊いた。
「いや何でもない」
「腹でも痛いのか?」
ハンガクが顔を覗き込んできた。
「いや、シルベネートにも貴人サマの荷物があったなと思ってさ」
キョトンとした顔をしてから、弓の事を思い出したらしくハンガクも苦い顔になった。
「いつか私の弓を回収するついでに持って帰ろうぜ」
「とりあえずあの悪魔をなんとかしないとな」
すでに事情を知っているのか興味がないのかは分からないが、オレたちのやり取りに対してアガトからは何も言葉が出なかった。
「今晩もサラクさんに呼ばれてるんですか?」
町に宿泊する際は必ず呼ばれているので、アガトのこれは質問ではなく確認だ。
実際今晩もすでにお声が掛かっていた。
「ああ。なんか砂海船の船長も来るってな事を言ってたな」
「あ、そうなんですか」
聞き返したのはトヨケだ。
「言ってなかったっけか。羽振り良いよな、チャーターした船の船長まで食事に招待するなんて」
オレみたいな護衛の冒険者まで呼んでいるわけだから、気前が良いというよりも変わり者なのかもしれない。
「船長はサラクさんの昔からの友人らしいですよ」
アガトが通りの向こうへ首を巡らせた。
雑然とした屋台や露店の奥に船の白い帆がいくつか見える。
違和感のある光景だ。まるであの辺りから海が始まるかのような錯覚に陥る。だがあそこから始まるのは砂漠なのだ。
「そうか、サラクさんにとってはここも馴染みの町だし、船も勝手知ったる船なんだな」
「そのようですよ」
口ぶりからアガトはそうではない事が知れる。
ふと、アガトとサラクの付き合いはどれぐらいなんだろうとの疑問が湧いた。
ところがそれを訊こうと口を開きかけたところで、通りの先から怒声が聞こえてきた。
そちらに目をやるとすでに人だかりができ始めている。
「ケンカか?」
ハンガクが目を輝かせた。
「行っちゃダメですよハンガクさん。往来で暴力行為に及ぶような野蛮な方たちに関わったところで碌なことになりませんよ」
ツルが眉を顰める。
言葉のひとつひとつがグサグサくるな。
「あれ、アンバーじゃないか?」
ツルの様子には全く構わず手をひさしにしていたハンガクが言った。
「アンバーって、アガトの雇ってる冒険者の?」
トヨケが訊き返した。
アガトが連れてきた冒険者は三人。精霊術士と狩人と獣使いだ。何度か会っているのだけど大して会話もしていないので顔と名前が一致しない。
首を伸ばして目を凝らす。人垣の隙間にちらりと見えたのは長身の男の姿だった。
「獣使いだな」
見覚えがあった。
あご下あたりまで長さの銀髪を垂らした細面の男だ。
「トラブルかな」
トヨケが誰に言うでもなくそう口にした。
「見てきます」
言うとアガトは騒ぎの方へと歩きだした。
見かけによらず物好きなヤツだ。荒事に慣れていない商人が雇ってる者のトラブルにわざわざ関わりにいくこともないだろうに。
どうせ肩が当たったとかそういうイザコザだろう。護衛の任務についていながら異国の街で揉め事を起こしたとなるとあの獣使いは冒険者失格だ。仮に絡まれた側であっても適当に謝るなりしてその場を収めるべきだ。
「アガトだけだと危ないわ」
トヨケが後に続こうとする。
「ちょっと待って」
トヨケの腕を掴んで引き止める。
アガトが雇ってる冒険者のトラブルに関わる義理なんて1ミリも無い。
オレが行かないのはもちろんだが、トヨケが行く理由もない。ここはアガト一人で行かせるべきだ。オレたちはイモムシショッピングの続きでもしていればいい。
振り向いてい何か言おうとしたトヨケに、オレではなくハンガクが制止の言葉を放った。
「そうだぞトヨケ、ここはカズに任せとけ」
「は?」
思わずハンガクの顔を見る。
一体何を言ってるんだ。
「そうですよ。向こうでケンカが起きようとしているんならカズさんに任せておく方が安心です」
ツルも強い瞳でトヨケを止める。
いやオレ自身が全く安心じゃないんだが。
一瞬ためらいを見せた後トヨケはオレを見上げて言った。
「ごめんカズさん、アガトをお願い」