イモムシ
「そうだトヨケ、あっちにあった乾燥イモムシ見に行かな……」
「アガト」
オレの素敵な提案より一瞬早くトヨケは手を挙げてアガトを呼ぶと、あちらの店に行ってしまった。
「なんだ、イモムシって美味いのか?」
ハンガクには聞こえていたらしい。
「色々なお薬になるんですよ」
答えたのはツルだった。
魔術師のステレオタイプらしく物識りだ。
オレはイモムシなんて食べた事はないので味なんて知らない。そもそも虫食の習慣がない。というか正直虫なんてどうでもいい。
「あんなのが薬に? ホントに効果あるのか?」
「イモムシと一口に言っても、実際には色々な虫の幼生ですからね。種類ごとに餌にする植物が決まってて、その植物由来の薬の効果があるんですよ」
「なるほど。何となくイモムシって種類の虫がいるような気がしてたけど、考えてみたら蝶とか蛾とかカブトムシなんかの幼虫なんだよな」
どうでもいい虫の話だが、トヨケがあっちへ行ってしまったので、オレも乗っかることにする。
これまでイモムシ、ケムシ、ミノムシはそれぞれそういう種類の虫なんだと何となく認識していた。考えてみれば当たり前の話なのだが、そこに気付いて感心する。
「そういえば、キャベツはモンシロチョウ、ミカンの木にはアゲハチョウって、虫ごとに付く木が決まってるんだよな」
「ハンガクさんは農家の出身でしたね。流石に詳しい」
「まあな。といっても知ってるのは作物を食い荒らす害虫についてだけだぞ」
弓のハンガクが農家出というのは意外だ。戦闘民族とか騎士の家の出身とかそういうイメージがあった。だとすればあの弓の腕前はどこで身に着けたものなのだろうか。
「幼虫の頃に催眠作用のあるウタカタドコロの葉を食べるセイレーンチョウは、成虫になってからも体内にウタカタドコロの成分が残っていて、この蝶を食べた動物は一瞬のうちに昏倒する勢いで眠ってしまうそうですよ」
ツルが続けた。
オレは浮かんだ疑問を口にする。
「イモムシを薬にするっつっても、その餌のほうの草をそのまま薬にした方が早いんじゃないか?」
わざわざイモムシをどうこうして使うなんて心理的ハードルを越えていかなくても、草そのものを使う方が良いに決まっている。そもそも何らかの薬効がある植物は薬草として出回っているはずだ。
「効果が全然違うみたいですね。セイレーンチョウにしてもイモムシが成虫になるまでウタカタドコロを食べ続けることで成分がどんどん体内に蓄積されて濃縮されてそれだけの効果が出るようになるらしいんです」
「面白そうな話ですね」
背後から朗らかな声がした。が、オレはそちらを振り返らない。声の主は分かっている。
「よお、アガト」
ハンガクが手を挙げた。
ツルもぺこりと頭を下げている。
「皆さん、こんにちは」
声と同質の朗らかなスマイルを湛えた優男をトヨケが連れて来た。
「アガトもイモムシに興味があるんですか?」
ツルが訊いた。
「いや、アガトは忙しいんじゃないか?」
ツルに向かってオレは言った。
ちなみに皆がアガトを呼び捨てにしているのは本人がそう望んだからだ。
本音をいえばさん付けにする必要は感じないのだが、一応は雇用主側の人間であるので、最初はオレもアガトさんと呼んだ。だけど当のアガトが呼び捨てにされるのを望んだのだ。
「トヨケの友人である皆さんとは私も友人になりたい。まずは敬称無しで付き合いたいのですが、叶いませんでしょうか?」というのがアガトの言葉だ。
こちらが呼び捨てにするのは構わないが、オレも向こうに呼び捨てにされるのは嫌なので断ろうと思ったのだが、ハンガクとツルが二つ返事で了承してしまったのだ。オレだけ断るわけにもいかず、あやふやな返答が承諾の言葉と受け取られたのだった。
「お気遣いありがとうございます、カズ。でもサラクさんたちと違って私はそれほど忙しくはないんですよ」
「ああ、それなら良かった。是非ともイモムシ談義に加わってくれ」
立ち位置を変えて、アガトとトヨケに場所を開ける。
こんな爽やかな笑顔を向けられて罵倒を返せるほど、オレの心は強くない。
「干したり、酒に漬けられたりしたイモムシが売られていたのは薬としてなんですね。変わった食材だなと思って素通りしてたんですが、勉強になりました」
「私も本で読んだだけなので詳しくはないですよ。それに薬といっても、治すものはほとんどなくて、毒になるようなものばかりのようですね」
ツルが言うとアガトは肩を落とした。
「毒ですか。冒険者の皆さんなら魔物との戦闘で活用できるかも知れませんが、残念ながら私共が扱える商品ではなさそうですね」
「アガトはどんな物を扱ってるんだ?」
ハンガクが訊いた。
敬称を付けないで欲しいとは言われていてもタメ口はどうかと思うのだが、当のアガトが気にする様子はない。
「主に日用品ですが色々ですよ。今回のような交易もしますし、遺品の買い付けを行ったりする場合もありますよ」