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ブラボー

「お待ちっ!」


 店主と一緒に汁椀を木箱に置いた。麺類を出す時には威勢のいい掛け声が必須だろう。

 そして皆が食べ始める前にレクチャーが必要だ。


「食べ方を説明したいからトヨケの麺ひと口だけ貰うな」


 オレの言葉にトヨケは頷いた。

 サラクのを食べるわけにはいかないし、ハンガクは文句いいそうだし、ツルは穏やかに人格否定してきそうだから、必然的にトヨケに頼むことになったのだ。決して間接キ……いや何でもない。何を意識してるわけでもない。


「こういう風に食べてください」


 ズルズルと麺を啜ってからそう言うとサラクは露骨に嫌そうな顔をした。あまり行儀作法にうるさくない世界だが、それでも受け入れ難い作法はあるらしい。サラクがセレブだからかもしれない。

 対して冒険者三人は好奇心に目を輝かせ、さっそく真似をして麺を啜った。

 それを見てサラクも渋々とフォークを口に運ぶ。


 ずるずるもぐもぐという音が響く。みんな啜るの上手いな。


「ブラボー! 美味いぞぉ!!」


 一瞬の沈黙のあと口火を切ったのはサラクだった。それにしてもどこかで聞いたことのある歓声だな。


「なんだこれは!? これは麺などではないぞ! つるりとしているのに柔らかくはない! 歯ごたえが面白い! 跳ね返してくる弾力を噛み切るこの感触はまさに快感だ! それにこの綺麗な色の汁もなんともいえん複雑な旨味があって、まるで肉や魚を食べた時のような満足感がある! それが麺と一緒に口の中に躍り込んできおる! 食感と旨味が混じり合いまさに美味さの奔流だっ!! 行儀の悪い食べ方はこのためか!」


 一気にまくし立てる。一体何王様だよ。それにオレを見る目が血走っていてちょっと怖いんだが。


「これは貴人たちが食べてる料理の比じゃないぐらいに美味い。お前は一体何者なんだ!?」


 責められてるわけじゃなく褒められてるんだよな、これは?

 それに勢いのせいで聞き流しそうになったが、サラクは貴人の食べる料理を食べたことがあるのか。


「サラクさんは貴人様のお屋敷に招かれたりするんですか?」


 トヨケが訊いた。やはりそこは気になるポイントなのだろう。


「いや貴人は絶対に平民を家に招いたりはせん。わしらと同じ卓を囲むぐらいなら死を選ぶんじゃないか。ワシはただ貴人の料理を作っている男に同じ物を作ってもらったことがあるだけだ。それでもかなりの金を使ったがな」


 納得がいった。貴人はオレたち平民を人間だとは思っていない。当然招くこともない。使用人だけは屋敷に入ることを許可しているが、道具という扱いだ。


「だが貴人でも、こんな美味い物は食べたことがないだろう」


「それはどうも」


 微妙に目を逸らしつつ、曖昧に礼を口にした。

 褒められるのはもちろん嬉しいが、あまり過剰なのはトラブルの元になる気しかしない。


「君らが天才料理人だと評価しているのも納得がいった」


 今度は弓月(ムーンボウ)に向き直ってそう言う。

 ところがサラクとは対照的に彼女らの反応は落ち着いたものだ。


「そうなんですよ、カズさんすごいんです。天才なんです」


 トヨケが満面の笑顔で応じた。

 ツルとハンガクはなかば無視して二人でうどんを啜りながら感想を述べあっている。


「これ少しギョウザに似た食感ですね」


「そうだギョウザもめちゃくちゃ美味かったよな。カズの作る料理はホントどれもこれもすげーよな」


 そこにサラクが割って入った。


「どれもだと? 他にもあるのか?」


「色々ありますよ。ギョウザにカラアゲにカレーにハンバーガーに」


 ハンガクが料理名をあげるが、サラクにとっては意味不明の呪文でしかないだろう。

 それでも真剣な顔で耳を傾けると再びこちらを向いた。


「ぜんぶ食べたい。お前わしの専属料理人にならないか?」


「えっと、いやです」


 即答した。定職に着けるというのは悪い話じゃないのだろう。ましてや富豪とも呼べそうな商人のお抱えだ。

 でもどこかにがっちり雇われるなんてのは、前世でも今世でもオレの選択肢にはないのだ。将来に対して不安しかないし命の危険と隣り合わせであっても冒険者という職業はオレの性分にあっていた。

 まあ、このおっさんに雇われるのは何だか面倒くさそうって思ったのが断る一番の理由だけど。


「よし分かった」思いの外、サラクは簡単に引き下がった。


「だったら一度の食事ごとに報酬を支払うから、うちに料理を作りにきてくれないか」


「それなら大丈夫ですよ」


 出張料理は魔物討伐やダンジョン探索に比べれば安心しかない。単発の依頼みたいなものならありがたいばかりだ。


「おっとサラクさん、この天才料理人カズはトメリア食料品店がホームグラウンドでしてね。料理するのも店でって決めてるですよ。だからカズの料理を食べるならトメリア食料品店においでいただかないと」


 汁まで飲み干したハンガクが碗を木箱に置くなりそう言った。


「そうだったのか。それならもちろん店に行かせてもらうさ。この隊商から帰ったらすぐにでも」


 何を勝手な設定を作ってるんだとハンガクに抗議をしようかと思ったが、ふと目に入ったトヨケの顔がにこにことしていたので黙っておくことにした。まあトヨケが良いなら良いか。

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