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料理の天才

 振り返ると、そこにいたのはトヨケだけではなかった。

 ハンガクとそれからサラクだ。あのアガトとかいう優男はいない。

 サラクたち商人はこの町の商人ギルドに挨拶に行くと言っていた。トヨケとハンガクは護衛としてサラクに同行したのだろう。今は挨拶が済み昼食を取るために食堂を探しているといったところか。護衛の名目で美女二人を連れ歩くとはなかなかのスケベ狒々親父だ。


「もう少しマシな店に行くぞ」


 店の様子を一瞥するなりサラクは踵を返した。

 気持ちは分からなくもない。粗末で店ともいえないような店だ。とても大店(おおだな)の主が入るような店ではない。

 だがサラクの言葉を無視してハンガクがこちらへやって来た。


「おい、何か美味い物食ってただろ」


 目ざとくオレたちの顔を見回す。

 すでにみんなうどんは完食していて形跡もないはずだ。


「なんでそう思うんだよ?」


「カズのいるところ美味いもんあり、だからな。それにお前らみんな妙に満足そうな顔してるぜ」


「麺を食っただけだ」


 答えたのはモリだ。


「麺だあ? あんなの別に美味いもんじゃ……ああ、なるほどな」


 言葉を途中で止めてハンガクはにやりと笑った。


「おい、もう行くぞ」


 サラクの声がした。

 苛立った声のわりにはサラクは店の外で待っている。置いて行かないところをみるとハンガクのことを気に入ってるのかもしれない。


「サラクさん、この店にしましょう。きっとここに美味いもんがありますよ」


 そちらを見ようともせずにハンガクが言った。その目はオレに据えられている。


「麺を作ったんだな? 美味いやつを」


 目ざと過ぎるだろ。一体どんな推理力だよ。


「まあそうだけど」


 こちらとしても特に隠す理由もない。そもそもハンガクたちの分も用意してあるのだ。


「食わせろ」


 ずいと身を乗り出す。


「いいけど、てか弓月(ムーンボウ)の分は一応作ってある。けどサラクの分があったのはたまたまだからな」


「お、流石はカズだな」


 花が咲くようにハンガクの顔が輝いた。

 それから少しオレの方に顔を寄せて小声で言う。


「もしサラクの分がなかったら適当な店に放り込んでから戻ってくるだけだけどな」


 流石にサラクには聞こえないがモリたちには普通に聞こえたらしく、皆苦笑を浮かべた。


「でもツルにも届ける約束してるんだよ」


「オレが呼んできてやる。荷車の見張り代わってやるからツルもここに来て一緒に食えばいい」


「それは助かる」


 モリが申し出てくれたので甘えることにして、オレは湯を沸かし始める。スープも作らないといけない。幸い荷物から取ってきた干し肉はまだ残っていた。


「また湯を頼めるか?」


 訊くと、店主は頷いた。

 いい加減オレも炭火の扱いに慣れないとな。


 手作りうどんは茹でる時間も長い。ツルが到着した時もまだ麺を湯がいているところだった。

 ハンガクに言われて不承不承木箱に腰を下ろしたサラクだったが、美女三人に囲まれては流石に仏頂面も解けてきた。

 ハンガクを気に入っているのかと思っていたのだが、ツルの姿を認めた時に一気に表情が和らいだのをオレは見逃さなかった。妖精のように美しいツルだけど、小柄で線が細く幼さも感じられる容姿だ。サラクはロリコンの気があるのかもしれない。


「もうすぐだからな」


 ツルに声をかけたのに反応したのはサラクだった。


「麺を作ってるらしいが、本当にそんな物が美味いのか?」


 女の子たちに向けるのとは明らかに違う顔と声。

 疑いを隠しもしていない。まあいいけど。

 考えてみれば雇い主であるサラクと直接話したことがまだなかった。倉庫整理の時も指示は使用人から出されていたし、この隊商もオレはハンガクに引っ付いてきただけだ。オレの事はどこぞの馬の骨ぐらいに思っているのだろう。まあ実際そうなのだが。


「美味い不味いは人によるんじゃないですかね。でも皆さんがイメージしてる麺とはだいぶ違うと思いますよ」


 別にサラクに不評でも一向に構わない。だけどトヨケたちには喜んで貰いたいし、その自信もある。


「大丈夫ですよサラクさん、カズさんはお料理の天才ですから」


 サラクは何か言いたそうだったが、先にトヨケがとびっきりの笑顔でそう言った。

 それに対し、ハンガクとツル、アンデレとピウス、さらには店主までが頷いたので、けっきょくサラクはそのまま黙った。

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