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足踏み

「あのな、明日の朝には出発するんだぞ」


 当たり前だがモリからは普通の反応が返ってきた。


「これは様式美というか定型句というか、まあ気にしないでくれ」


「本物の麺というのは何なのだい? カズはこれまでに麺を食べたことはなかったんだろう?」


 ピウスが通りからオレへと目を移した。少し興味を持ったようだ。


「いや、麺というのは作り方を工夫すればもっと美味しくなるんじゃないかなあって思ってさ。ただの思い付きだから気にしないでくれ」


 あのセリフはただのノリだ。もちろんオレが麺を作ろうなんて思っちゃいない。そもそもどこぞのグータラ新聞記者と違いオレは本物の麺なんて物を知りもしないのだ。


 ところが三人は急に身を乗り出した。

 代表するかのようにモリが口を開く。


「何か麺が美味くなりそうなアイデアがあるんだな? それならば是非とも作ってみてくれ。城壁修理の時はカズのお陰でさんざん美味い物食えたからな。麺といえども、これは期待できそうだ」


 追従してアンデレとピウスが深く頷く。


「飽くことなく美味さを追求するお前さんの料理への姿勢には、畑は違えども日々武器の研究を続けるワシには深く共感できる。お前さんが本物の麺というのなら、それは本当に本物の麺なんだろう。どんな物が出てくるか楽しみだ」


「料理を研究するその姿は我が神ザネの教えにも通ずる物がある。さあ本物の麺を食わせてくれ」


「大層なこと言ってるけど美味い物が食べたいだけだよな」


 オレが言うと皆の返答が揃った。


「その通り」


 思い起こしてみれば、城壁修理の時にはコカトリスやシェルクラーケンの肉で作った料理を毎日美味い美味いと食べてたヤツらだ。生臭坊主だったり仕掛け武器オタクだったりしても食い意地が張っているのは共通してるのだ。


「自信があるわけじゃないぞ」


 オレが言い終わらないうちにモリが立ち上がった。


「料理させてくれるよう店主に頼んでくる」


 テーブルと椅子代わりの木箱の他は、木の柱と梁に申し訳程度の筵の日よけがかけられているだけの食堂だ。調理スペースも壁などで区切られているわけではない。

 当然オレたちの会話は丸聞こえで、モリが交渉するまでもなく店主からオッケーの返事が出た。使う小麦粉分の代金だけで良いと言う。


「ホントに期待するなよ」


 言いおいて調理スペースに向かった。

 厨房などと呼べるような設備はない。土製のかまどの上部に網があり、その他にはやはり木箱を利用した調理台と大きな水甕があるだけだ。食材は隣に建っている納屋の中に置かれていて、注文が入る度に取りに行くらしい。


「小麦粉と塩をもらえないか。代金はあのハゲの大男が払うよ」


 小柄な初老の店主は頷くと納屋から素焼きの甕に入ったそれを取ってきてくれた。

 適当に使えば、あとでそれに見合った金額を請求してくれるだろう。とりあえず調理用の大きな椀に適当に小麦粉を取る。

 うどんを打とうと思っていた。麺にも色々とあるがオレが作ったことがあるのはうどんだけなのだ。作ったといっても、ネットで作り方を調べて休みの日に試しで打ってみただけだ。その時は素人が初めて作ったにしては上手くいった。もちろん職人が打つうどんには遥か遠く及ばないが、きちんと腰のあるわりと美味しいうどんができたのだ。


 うどんの材料はシンプルだ。小麦粉とその半量の塩水を混ぜ合わて作る。塩水は10パーセントの濃度だ。

 小麦粉については薄力粉や強力粉でも作れるといわれているが、やはり中力粉が向いている。ちなみに小麦粉の強、中、薄の違いは含まれるたんぱく質(グルテン)の量で決まる。この世界にも色々な小麦の種類があるようだが、パン作りに使われることで最も普及しているのは中力粉から強力粉に近い種類だ。だからうどんにも使えるはずだ。

 材料の分量は前世では粉も塩もカップや小さじで計量して使った。この世界には計量カップも小さじもないが困ることはない。なんとも便利なことにオレにはユニークスキルがある。そう「小さじ一杯を目分量で正確に量ることができる」能力だ。

 実は料理をしていく中で自分のスキルについて分かってきたことがあった。どうやら量ることができるのは小さじ一杯だけではないようなのだ。スキルが進化しているのかもしれないが、大さじや1カップ、100グラムなんてのまで目分量で量ることができるのだ。

 これに気付いてから、「あれ、もしかしてこれかなり当たりスキルなんじゃいか?」なんて料理中に考えることがよくある。まあ戦闘中にはその真逆を考えるのだけど。


 ともかく塩水だ。10パーセント塩水なんてのも目分量で作れる。理科の実験でも便利だろうなこのスキル。


 器に入れた小麦粉を手でよくほぐしたら、塩を溶かした水を少しずつ入れながら小麦粉と混ぜていく。この時、立てた五本の指先で、ダンゴになりかけているところと水分のあるところを慣らすような感じで手早くかき混ぜる。器にへばりつくダンゴ部分があれば指でこそげるように集めては混ぜる。そうこうして全体が均一にそぼろ状になったら次は捏ねていく。

 ある程度手で捏ねたら次は足踏みだ。


 店主に頼んで麻布を借りた。

 広げて折り畳んだ生地を麻布にくるむ。

 ビニール袋がないけど、直接踏むのは流石に衛生的に、というか見た目的にまずいだろう。

 それでも麻に包まれた生地の上に靴を脱いだオレが乗ると、モリたちからどよめきが起きた。


「おい、食い物を踏むんじゃねえ」


「ちゃんと足洗ったって」


 一応、念入りに洗いはした。その後素足で地面を歩いてはいるが。


「何かの呪いなのか?」


「体重かけて捏ねる必要があるんだよ」


「どんな理由があるか分からんが、食い物を踏むなんて信じられん所業だ」


 三人が順番に入れてくるクレームをオレは適当に受け流した。


 満遍なく踏んでは広がった生地を取り出して折る。それをまた麻布にくるんで踏む。十回ほどそれを繰り返した。

 今度は生地を寝かせる必要がある。

 二時間ぐらい寝かせれば良いというのを見た記憶があるのだが、今はそんなに時間をかけていられない。

 借りてる麻布を水に浸して固く絞り、生地が乾燥しないようそれに包む。

 この後、三十分ほど放置してから次の工程に移る。

 次は生地を薄く伸ばして、包丁で切っていくのだ。




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