本物の麺
「不味っ!」
思わず言葉が口をついた。
誤解しないで欲しい。本来オレは食べ物に対してこんな雑な否定の言葉で評することはないのだ。ただこればかりは……
「不味い」
改めて思考停止にも似た評価をくだす。
「だから言っただろ」
モリは笑いながら指で掬い取ったマッシュポテトを口に運んでいる。
口に入れた麺は──いやこれを麺と呼ぶのも憚られるのだが、粉っぽくボソボソする場所とベチャベチャにふやけた場所とが渾然一体となって最悪の食感を生み出している。
薄い塩味しかしない汁は元より熱々で供されていないので、口に運ぶころにはほぼ常温のぬるま湯だ。麺から溶け出した粉がそのぬるま湯を白濁させ、飛んで混ざった灰がドス黒いマーブル模様を追加している。控えめにいって汚水を飲まされている気になる。
そもそも麺が麺の形状をしていない。
水と粉を適当に混ぜ合わせて、手で丸めて伸ばして棒状に成形したのだろうが、ずんぐりしてて短いそれはまるでうん……いや、まるでイモムシのようだ。それが三本、木の椀に満たされた汚水の中に沈んでいるのだ。
勇気を出してそのうちの一本をフォークに刺し、ひとかじりしただけでオレは否定的コメントを発してしまったのだ。
ピウスもアンデレもオレの様子を見て笑っている。
自分の料理を分けてくれようなんて心優しいヤツはこの中にはいない。
「分かってたんなら止めてくれよ」
無理やり肉と一緒に口に放り込む。幸い肉の方は悪くない。凝った味付けではないが塩と何種類かの香辛料で味付けされていて、炭火の風味も香ばしくて普通に美味い。
「だから止めたじゃないか」
「もっと本気で止めてくれよ」
青菜で麺を巻く。
これは完全に失敗だ。青臭さと粉っぽさとベチャベチャした感じが最高に不味い。そもそもここにはドレッシングもなく、青菜は肉の脂で食べるのだ。麺と合わせても味の要素がほとんどない。
「次に麺食おうとしてたら止めるさ」
モリが肩を竦めた。
「麺なんて好んで食べるやつの気がしれないな」
アンデレが言った。
武器以外の事にコメントするのは珍しい。
「私が思うに、麺という料理にはそもそもの必然性がない。茹でるなら米を茹でれば良いし、練ってまとめるならイモを使えばいい。小麦はパンにすべきだ」
ピウスが真面目くさった顔でいう。
その視線は通りを歩く女の人たちに向けられているけど。
ていうか、たしかにこの麺は終わってるが、それでも麺全般がディスられるのには納得がいかない。
別にオレはそれほど麺派だったわけではないけど、基本的に麺は何でも美味いと思っていたのだ。
「いや、この店の麺がダメなだけだろ」
そう反論してみる。
「これまで何度か麺を食ってるけど、美味いものにあたったためしはないな」
モリが首を振った。
「麺ってシージニアにしかないのか?」
「いやフィニスでも北の方にいけばあったな。ここのとはだいぶ違うが」
「そっちのは美味いんだろ?」
小麦粉だけじゃなく、米粉やソバ粉でも麺は作られるだろうし調理法も地域によって様々であるはずだ。
ところがモリは首を振る。
「いやあ、ここのより細くて長いけど食感は似たり寄ったりだったぜ。歯ごたえなくてボソボソしててさ。しつこく噛んでれば小麦っぽい味がしてきて、それはまあ悪くはないんだけど、それでもあれならパンにする方が良いな」
何だろう、ムクムクともたげてくるこの気持ちは。
麺に憧れはあったが思い入れはそれほどなかったはずだ。
ディーバー・ウーズの配達でも、うどんやラーメンは店の包装が甘い場合も多くスープをできるだけこぼさないように神経を使うし、そのうえ麺が伸びてるなんてクレームも起きやすいから、はっきりいってハズレ依頼だった。本来的に麺に良い感情を持っていたとはいいがたい。
そして別にオレはうどん県の出身でもなければ中国三千年の味を引き継いでるわけでもない。
だけど、ここは言っておかなければならないセリフがある。
「これだから偽物の麺しか食べたことがない人は話にならない。明日もう一度この店に来てください。あんたらに本物の麺を食べさせてあげますよ」