流れ星
世の中には二種類の人間がいる。
好きな女の前で意味の分からない意地を張ってしまうヤツと、張ってしまわないヤツだ。
前者は救いようがない。好きな女に良い印象なんて何一つ与えないうえに当人も後で死ぬほどの後悔と自己嫌悪を味わうことになるからだ。さらにオレ調べでいえば、そういった、後でなんとでもフォローできそうな事柄でダメになってしまう関係というのはそこそこ多い。
そう、その残念すぎる思春期まっさかり中学生男子のようなメンタリティの持ち主こそがオレだ。
ああ、もうペンディエンテに帰りたい。
いや、どこかに行ったまんまのシルバーを探して世界を旅してみようか。悪くない。
この広い世界にはまだ見ぬ冒険がオレを待っているに違いない。
「おい、いいかげん鬱陶しいぞ」
傍らから聞こえてくる冷たい声はハンガクのもの。
好きな女以外からも冷たく扱われるような男なのだ、オレは。
「というか、トヨケはアガトみたいなのがタイプなんだな。けっきょく顔の良いヤツが優遇される世界なんだなここも」
そこでゲンコツがごすんと脳天に落とされた。
「飯がまずくなるからやめろって」
地面に突っ伏したオレは後頭部でその言葉を聞く。
手加減知らなさ過ぎだろハンガク。一応きれいなお姉さんなんだから、ここは肩パンチぽすんぐらいが妥当じゃないか。
そもそもが野営地の夕餉だから、それほど美味い飯でもない。トメリア食料品店の干し肉と堅パンだからもちろん不味いわけではないが、携行食としての限界はある。温かい飯には適うべくもない。
「ごめんな。町についたら何か美味いもの作るよ」
起き上がりながら素直に謝ったが、頭がじんじんと痺れている。もしもダメージ量が数字で見えたらHPの半分ぐらいを持ってかれてるに違いない。
見張りも兼ねた野営なので、移動時と同様にオレたちはリュウガメの左右に分かれていた。組み合わせも変わっていない。
あの時オレの発言を受けて、トヨケは伏し目がちにそっと離れていった。やってしまったとは思ったがその時はオレもまだモヤモヤしていたので、何も声をかけなかった。
その後、何となくツルにも話しかけにくかったオレはハンガクと一緒にオークキングの死体を街道脇に引き摺っていきそこに埋めた。
ツルとトヨケは再びハイオークの方へ行き作業を始めた。
モリたちも手伝いに来てくれたが、微妙な空気を感じとったのか何も訊かずにオークとハイオークの方へ散って行った。
その後、野営地につくまでオレはハンガクとしか話しをしていない。
「それにあのアガトってやつ、そんなにハンサムでもないだろ。確かに整った顔はしてた気がするけど、個性が薄いというかあんまり印象に残らないというか」
すっかり降りきった夜の帳を背景に、干し肉をモグモグやりながらハンガクが言った。
お行儀は悪いが、これまでにお行儀の良い冒険者に会ったことはない。
トメリア食料品店の干し肉は冷却魔法のかけられた部屋で時間をかけて作られていて、一般的な干し肉と比べると幾分柔らかさを保っている。それでも加工していない肉のように食べられるわけではなく、しっかりと咀嚼する必要はある。
「ハンガクは知り合いじゃなかったのか?」
「トヨケんトコで何度か見かけたことがあるような気はするけど、話したことはなかったな。トヨケの商人ギルドの知り合いにはあんま関わらないようにしてるんだ」
「あのエルフの女の子のことは知ってるみたいだったな」
向こうはハンガクを覚えてなさそうだったけど、とは言わないでおいた。
「集いし者の精霊使いだな。なんだ優男は嫌いでもエルフのべっぴんには興味あるのか?」
「そんなんじゃないって。集いし者ってたしか中堅どころのパーティだよな。モリのトコとかお前んトコと比べるとちょっと見劣りするんじゃないか?」
「そんなことはない、良いパーティだよあそこは」
ハンガクの言葉に、オレは堅いパンを噛みながら頷く。
ギルドに所属する冒険者やパーティについて、それほど詳しいわけじゃない。だけど、樹海の魔獣や弓月が群を抜いているということは知っているし、その他のパーティについても目ぼしいところなら何となくは覚えている。
集いし者は確かパーティリーダーであるカーネルという赤毛の神官職の男を中心としたパーティだったはずだ。連携のよくとれたパーティだったように記憶しているが、特に目立ったメンバーがいた印象もない。
ただパーティの評判はメンバーの強さだけではなく、依頼の達成度や、ややこしい依頼に対応した実績なんかで評価されるので、チームワークの良いこのパーティの評判は概ね良かったはずだ。
「だけど今回はリーダーのカーネルが来てないんだろ?」
ハンガクとジャドの会話が思い出された。
「ああ、ジャドが言ってたな。ゴルドも腕っぷしの強い剣闘士なんだけど今回は不参加らしいしな。精霊術士と狩人と獣使いだけで依頼を受けるなんて珍しいよな」
「さすがハンガク、よそのパーティメンバーの職業まで覚えてるのか」
「一緒に仕事することもあるかもしれないし、職業とか使う武器ぐらいはふつう覚えてるよな」
「いや、そこまで覚えてるのはギルド内でもハンガクだけだと思うぞ」
「まあパーティ内にも色々事情があるんだろ」
たしかに。ここにも今まさに事情があるんだよな。
トヨケがいるであろう方を向くが、リュウガメが壁になっていて姿は見えない。
満点の星空の中に妙に大きな星の筋がきらきらと三つ走った。トヨケとの仲直りでも願ってみようかと思いついたが、続けてトヨケがアガトに向けた笑顔が思い起こされたのでそれもやめにした。