乾燥イチジクのジャム
色々と悶絶しているオレに振り返りトヨケが言う。
「アガトが私たちをサラクさんの隊商に紹介してくれたんだよ」
「あ、ああ、そうだったんだな」
オレからも礼を言わないといけない流れなのか? でもパーティメンバーってわけでもないし、道理的に必要ないよな。
「サラクさんは強いパーティをお望みでしたからね。樹海の魔獣はもう決まっていたんだけど、疾風の剣が最近は長期の依頼を受けていないとのことだったんで、じゃあ後はもうトヨケのトコしかないなって思ったんです」
だからさんを付けろってデコ野郎。さらさらの前髪がかかっててデコ出てないけど。
完全に無視するのも気が引けるので、アガトの方に向いているととれないこともない方向に顔を向けて曖昧に頷く。
知ったパーティ名ばかりが出ているが、実際のところ冒険者ギルドのトップ3なのだ。
考えてみればオレには分不相応の交友関係だ。
「私のとこじゃないよ。月弓のリーダーはハンガクだよ」
「そうでしたね。いずれにしても月弓のお三方はみんな大変な実力者ですから、隊商の護衛を引き受けてもらえて私も心強いですよ」
「そんなに褒めても何も出ないよ」
「本心ですよ。でももし何か出していただけるんでしたら、次はイチジクのジャムをもう少し多めに作ってもらえると嬉しいんですが。トヨケのジャムはどこに持っていっても飛ぶように売れるので」
「もちろん良いけど、乾燥イチジクの仕入れはお願いね」
「任せてください。たくさん仕入れてきますから」
オレと話をする時とはトヨケの態度がだいぶ違うような気がする。寛いでるといおうか、活き活きしてるといおうか。
元よりおとなしいタイプではないが、こんなにポンポンと言葉が出てくるイメージでもない。
ハンガクやツルとの会話だってどちらかといえば聞き役に回ることが多いのだ。それが今は軽口混じりで積極的に発言をしている。
これではまるで好意を寄せる相手と話しているみたいじゃないか。
いや、そんなはずはない。取引のある商人だから気を遣って親しさを演出しているんだ。そうだ、そうに違いない。
「それにしても月弓に今話題の竜騎兵が合流しているとは驚きでした」
アガトが突然オレに向き直った。
虚をつかれて思わず口ごもる。
「はじめましてカズさん。今回の旅ではよろしくお願いしますね」
アガトが頭を下げた。
残念ながら礼儀正しくて感じの良いやつのようだ。
仕方がないのでオレも「こちらこそよろしくお願いします」と礼儀正しく返した。
それからさらに言葉を続ける。
「竜騎兵とかじゃないですよ。強いて通り名を挙げるとしたらオレの場合は“腰抜け”ですかね」
それを聞いたアガトは少し不思議そうな顔をした。
「カズさんは腰抜けじゃないよ。シェル・クラーケンとかリッチにも勝っちゃう剣士だもん」
頬を膨らませてトヨケが言う。
そのトヨケに向かってオレは笑顔を返した。
「でもさ、腰抜けのオレの方が良いっていってくれる人もいるんだよ」
視界の隅に肩を竦めるハンガクとくすりと笑うツルの姿が見えた。