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転生してもやはりパッとしない

転生して異世界に行く——そんな話は、もはや珍しくもなんともない。


行き先の世界は千差万別だ。のんびりした楽園もあれば、魔女教が暗躍していたり、複数の魔王が跳梁跋扈していたりと、とんでもない世界もあるらしい。

(関係ないけど「跳梁跋扈」って、ちょっと“ショウリョウバッタ”っぽいよな)


で、俺もそんな異世界に転生したクチだ。


だが、待っていたのは特別な力でも、波乱万丈の冒険でもなかった。

相変わらず冴えない暮らしのまま、どうにかこうにか日銭を稼ぐ日々。


——そこは、一見“平和”な世界だった。


“一見”は、な。

「エールお待ち!」


 テーブルに木製タンブラーがタンッと置かれた。オレは銅貨二枚を店のオヤジに手渡す。


 エール一杯が200ルデロ。大した料理も出ない店だが、酒だけは安い。

 他の店なら300〜400ルデロはするし、ここみたいな椅子のない立ち飲み屋ではなく、ちょっと凝った料理を出す食堂なら500ルデロは取られるだろう。


 ひと晩1000ルデロの木賃宿で寝起きしている日雇い労働者のオレにとって、500ルデロのエールなんて贅沢すぎる。


 本当は安いワインでも飲むべきなのだろうが、仕事終わりのエールに代えられるものなんてない。


「おう、カズ。調子はどうだ」


 野太い塩辛声。


 でかい体のモリが自分のタンブラーを手に、オレのテーブルへやってきた。

 テカテカに禿げ上がった頭は、すでに酔いで真っ赤に染まっている。ファンタジー世界の酒場には、たいてい一人はこういうルックスのヤツがいるよな。


「ぼちぼちだよ。そっちは?」


「ぼちぼちねぇ。ゴブリン討伐でえらい儲けたって聞いたぞ。景気いいんだろ?」


「ゴブリン討伐なんて儲からないって。半日かけて遺跡までよいこら歩いてって、十匹ぐらい狩ったところでたかが知れてる。

商会の倉庫整理やってる方がよっぽどマシだよ」


 モリは日雇い仲間だ。


 “冒険者”なんてカッコつけて自称するやつもいるが、オレたちはつまり、ギルドに単発の仕事を紹介してもらって暮らしてる、ただの日雇い労働者だ。


 魔物討伐の仕事も、相手が弱い魔物の場合は、出張の手間賃程度の稼ぎにしかならない。

 そのうえケガをしても、命を落としても、この世界には労災補償も保険金の支払いもない。もっとも、オレの死亡保険金なんて受け取る相手もいないわけだが。


 魔物討伐を好んでやるやつらもいるにはいるが、オレに言わせれば、そんな連中はただのサイコパスだ。


 ――オレは転生者だ。


 ネット小説やコミック、アニメではよくあるムーブだが、まさか自分がそうなるとは思ってなかった。


 転生する前は、ウィークリーマンション暮らしの非正規雇用者だった。


 いや、非正規雇ってのは正確じゃないな。DIVAディーバー Üzウーズって会社と契約してた個人事業主さまだ。

 仕事は自転車をこいで、飲食店の料理をスマホでオーダーしてきた客の家に配達すること。


 詳しい話はまた追々するとして、とりあえず転生してみての感想は――「転生しても、あんま変わんねーな」だ。


 転生前も転生後も、毎日あくせく働いてもまとまった金は手に入らず、生活に保証もない。夢なんてものはもちろん無く、将来への漠然とした不安だけがある。


 とはいえ、仕事があって、不味くても飯と酒にありつけるだけでもありがたいことなんだが。

 不味い飯も、不味い酒も、労働の後ならそんなに悪いもんじゃない――ってことも学べてるしな。


「ま、頭割りだとゴブリン退治も大した額にはならんか」


 モリはゲップをひとつすると、オレの皿の煎り豆に手を伸ばした。


「そういうこと。それにオレは魔物殺すの、好きじゃないんだ」


 皿をモリの方に押してやりながら、そう応えた。


 転生前から引きずっている価値観のせいで、“生き物を殺す”という行為への抵抗が抜けないでいた。たとえそれが魔物であってもだ。


「そうだったな」


 ボリボリと豆を噛み砕きながらモリは頷く。

 魔物討伐を嫌がるオレを腰抜けと揶揄しない、数少ない友人の一人だ。


「城壁の修繕の仕事があるんだが、来るか?」


「いいね。まだ空きがあるの?」


「作業員は足りてる。

だけど賄い係がいてくれるとありがたい。おまえ、飯作るの得意だろ?」


「得意ってほどじゃないけどな。レストランで修行したわけでもなくて、独り者の必要に迫られて身につけた男料理だ」


 自炊は転生前からの習慣だ。飲食店のバイトもいくつかやったが、基本的には自己流。

 うまいかどうかよりも、安く作れて腹がふくれるかどうかが評価基準の、エコロジー料理だ。


「それで十分だよ。こっちはその男料理すらまともにできないぶきっちょばっかりなんだ。

一週間ぐらい現場に詰めることになるだろうから、飯のこと、どうしようか悩んでたんだよ」


 モリが、人集め《パーティ結成》も含めて請け負った仕事なのだろう。

 おそらくオレが加われば余剰人員になってしまうはずだ。何人連れていこうが契約金は変わらないから、一人あたりの稼ぎが減ることになる。


 それでも声をかけてくれるのは、モリの優しさだ。


「いつ?」


 その優しさに、オレは甘えることにした。

 ギルドに行って仕事を探しても、いつでもあるとは限らない。

 モリの仕事をやらせてもらう方が確実だ。貯金にはまだ少し余裕があるが、稼げるときに稼いでおくのが、日雇い労働者の鉄則だ。


「あさってからだ。

たぶん一週間ぐらいの作業になるだろう。報酬は三万ってところかな」


 一週間で三万なら悪くない金額だ。

 魔物の討伐やダンジョン探索と違って、報酬の目減りもあまりないし、なにより安全だ。


「やりたい。頼んでもいいか?」


「もちろんだ。じゃあ、あさって朝8時にギルドに来てくれ」

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