第9話 私服&化粧デビュー
しずしずと食堂に向かって歩く。
朝は一番込み合う。ただ、一番あわただしくて他人の様子なんか見ていないはずだ。
だが……。
これは毎度体験することだった。
私は顔のわりに目が大きくて人目を引く。
背が高い方なので余計目立つ。
必ず、振り返られる。
制服姿の娘がうつむいて歩くのは目立たない。なぜなら、制服姿の娘は特待生と相場が決まっているからだ。特待生はみんな目立たないように静かに暮らしていた。
生徒の大半を占める貴族階級の者たちは制服組には見向きもしない。おかげで私もまぎれていた。
だが、ドレス姿がうつむいて歩くと、何かまずいことでもあったように思われるだろう。だから、普通に顔をあげて歩いて行く。すると、目が合いまくる。
まあ、目が合っても知り合いじゃなかったら、知らん顔をしておけばいいのだけれど。
「誰?」
ヒソヒソとささやき声がする。
「知らない。あんな人いた?」
「あんな顔、初めて見た。……可愛い格好だね」
なんだかいたたまれない。
誰だかわからないのも……わかる。アリスが腕によりをかけて化粧したのだ。まるで別人になる。化粧映えして人相が変わってしまう人間がいるとしたら、それは私のことだ。
「フロレンス!」
ジュディスが走ってきた。
「どうしたのよ? 制服は?」
助かった。ジュディスには見分けがつくのか。さすがジュディスだ。
「アリスが実家から来たの」
私は訴えた。
「そして、制服を着ちゃダメだって。そして、朝2時間も早く起こされて化粧までされたの!」
「化粧はみんなやってるわよ。当たり前でしょ」
ジュディスは邪険に言って、顔をしげしげとみた。
「すごいわね、フロレンス。別人のようだわ」
ジュディスは、でも、笑い出した。腹の底から愉快そうに。
「ねえ、フロレンス。これであなたは普通になったのよ。これからはたくさんお申し込みを受けることになるわ! アンドレア嬢も、マデリーン嬢もあなたの前では、影が薄くなるわ!」
教室に座ると、全員が私の顔を見た。
教室に見知らぬ令嬢がいるのだ。
「誰?」
「美人だな……どうしよう」
(どうもしなくていいから!)
「あんなきれいな人いたっけ?」
「転入生かしら?」
「今頃、転入?」
何か心が折れた気がする。そこまで空気だったのか、私。ダンスパーティの申し込みなんかあるわけなかった。別に期待してなかったけど。
「ねえ、どういう心境の変化?」
もちろん知り合いの令嬢たちには聞かれた。私が誰だか、顔認証が取れた後だったけど。
始末が悪いことに、私のドレスは彼女たちの誰よりも上等だった。色こそグリーンと派手ではないが、厚手の絹でバラの花の地模様が光の加減で浮いて見えるような上質品だ。
心境の変化で説明できるような話ではない。
「実家からアリスが来て……」
「アリス?」
「私の専属の侍女よ。学園には呼ばなかったの」
彼女たちは地方出身の平民の出だ。ここへ来るくらいだから、そこまで貧しいわけではないだろうが、こんなドレスは用意できない。実家には侍女もいないかもしれない。
説明そのものがムカつかれるのでは。私、友達を失くすかもしれない。
「そして、朝から身支度させられたの……」
「そう……」
授業が終わると、隣のクラスからわざわざアンドレア嬢が見物に来た。
「まあ、フロレンス嬢」
彼女はにっこり笑った。
なんで?! なんでにっこりするの?
「ごきげんよう」
「…ご……ごきげんよう……?」
「どうされましたの? 今朝は?」
どうされましたのって、別にどうもしたわけじゃないのだけれど。
「実家から専属侍女のアリスが参りましたの。身仕度を整えるように。それだけですわ」
「あらあ」
さすがに疑問に思ったらしかった。
「どうして入学の時から一緒にお連れにならなかったの?」
私は顔をそむけた。
「どうして?」
「……面倒くさかったから」
アンドレア嬢はものすごくうさん臭そうな顔をして、改めて私の顔をのぞき込みに来た。そして感想を一言述べられた。
「何それ? 変人?」
うまいこと言うな、アンドレア嬢。ええ、どうせ変人ですよ。