第80話 その後の物語
「大変だと思われたでしょうが、恐ろしく順調な王位簒奪でした」
「簒奪……」
私はつぶやいた。なんて物騒な言葉だろう。
実際には、ニコニコ笑顔のメイフィールド子爵や、心の底から喜んでいる父の伯爵が待ち構えていた帰還だった。
王位に興味はないとあれだけ言っていたルイ殿下は、議会に乗り込んで堂々と王位継承を宣言した。
そして……王様なんかに嫌気が差していたはずの貴族や議員たちから、なぜだか拍手喝さいを浴び、全会一致で承認を得た。
町ではこの喜ばしい出来事に、泣いて喜ぶ街角の町人たちの姿があった。
「美貌は罪ですねえ」
エドワードは言った。
「若くて美しくて、演技力がある。中身はあんなに残念なのに」
「そこまで残念でしょうか?」
「ええ。政治にまるで興味がないとか言うんですよ。まあ、メイフィールド子爵は喜んでますけど」
「陛下は自分は貿易商人になりたかったと言っていましたわ」
「ああ、そう。また、そんな嘘を」
嘘なのか? また、嘘なのか?
「なんか政治に興味がないと言っているのも、多分嘘でしょうしね。何をしたいんでしょうね、あの人。今は精力的に理想的な王を演じていますけど。国民がみんな騙されているような気がしてならない」
ルイ殿下は見た目が素晴らしいので、いまや国中で大人気だった。
そのほかに国外でも人気だった。彼の絵姿やポスターはあちこちで作られ、有名になっていた。それを見たサヴィーヤ国の王女たちが、地団駄踏んで悔しがっていると言ううわさも流れてきた。
「この金髪イケメン王の王妃になるはずだったのよ? あんたのせいで破談になっちゃったじゃないの? どうしてくれるの?」
サヴィーヤ王女とルイ陛下の結婚をはばんだ元王妃様と元の王は、亡命先のサヴィーヤで、非常に肩身の狭い思いをしているらしい。
六人もいる、結婚し損ねた王女全員に恨まれて嫌がらせをされてるらしい。気の毒に。
「国民の熱狂的な支持のおかげで、元の王も王太后も、手も足も出せません。イビスもサヴィーヤも、本来なら何か仕掛けてくるはずなのに、何もできず沈黙です」
メイフィールド子爵が満足そうに教えてくれた。
ただ、ルイ殿下は見た目少々チャラいので、威厳ある賢明な奥方が、チャラい国王の手綱を握っていると思われていた。
私の立派な顔立ちが、余計な憶測を呼んだらしい。
あと、たった一度受けた学園の試験で学年5位を取ったことが、今頃、賢夫人の評判の根拠になっていた。そんなつもりじゃないのに。
「それでハニトラの被害者は13人になったんだよ」
ルイは得意そうに報告した。
チャラい美貌の若い国王は、簡単に攻略できそうで他国の女スパイのチャレンジ精神を刺激するらしかった。
「夫と別れた伯爵夫人だの、老公爵の若い未亡人だの、人妻もいたよね!」
楽しんでいるのかどうかはわからない。彼がハニトラの被害者と呼んでいるのは無論彼自身のことではなく、仕掛けてきた女性たちのことをそう呼んでるのだ。
「レノックス伯爵夫人は僕と間違えてゴメス侯爵のベッドに入ってしまって。ゴメス侯爵夫人が夫に離婚訴訟と、レノックス伯爵夫人に損害賠償を求めている。僕は一切関係ないけどね」
社交界でも有名な派手な赤毛の豊満美女に迫られては、イビスの全権大使であるゴメス侯爵も正気ではいられなかったのだろうか。レノックス夫人は妊娠したと声高にルイに向かって宣言したが、相手が違うのでルイはそ知らぬ顔だった。違うベッドに誤誘導したのはルイに間違いないのだろうけれど。
「ゴメス侯爵の罷免をイビス国に要求してみたよ。全権大使の醜聞は好ましくないと書簡を送ってみた」
ゴメス侯爵は、何かルイの気に障る事でも仕出かしたのだろうか……
誰か教えてやって欲しい。ルイは、その手の女性が大嫌いなのに、どうして大勢やってくるのかしら。
レノックス伯爵夫人のサヴィーヤへの帰国をニコニコと見送っていた陛下の視線が、こちらを向いた途端、急に冷たくなった。
フィリップ様は今は宮廷侍官をやっている。そして、未だに結婚していない。
彼は密かに私の頭痛の種だ。早く結婚してくれないかしら。そして、どうして宮廷侍官なんか志願したのかしら。
ルイの目が真剣になった。まずい。面倒くさい。
なんでルイはフィリップ様の仕官を許可したのかしら。なにかの刺激を求めているのだろうか。
断ってくれれば、こんなに厄介なことにはならないのに。
どうやら噂ではフィッツジェラルド侯爵のたっての願いだそうで……確かに功労者の侯爵の願いは無視できないだろうけど、なんで、侯爵はそんなことを願い出たのかしら。
そして、監視役のハンナに付きまとわれているが、フィリップ様は結構平気だった。
アンドレア嬢が、得体の知れないところがあると実兄のことを評していたが、さすが妹だけあって鋭い。
「あ、陛下がこちらを見ましたよ。いつまでも仲が良くてうらやましいですね」
宮廷侍官の役割は、王家の行事の調整や家族のスケジュール管理などだ。プライベート担当である。したがって、王妃の周りに侍る機会が多い。
「新しく侍女を入れましたの。とても純真でかわいらしい娘ですのよ。今度ご紹介いたしますわ……」
私はフィリップ様に、それとなくあからさまにお勧めしてみた。
フィリップ様は憐れむように私を見た。
「陛下のファンでしょう? よくそんな娘を侍女にしますね?」
夫が無駄に美貌なのも考え物だ。こんなにすばらしい婚活中の逸品がいるのに、誰も見向きもしやしない。
そして……今の私は知っている。フィリップ様は、調子こいてるルイのことが、今でもやっぱりちょっとばかり気に入らないのだ。
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エドワードはルイの正体を知っているので、私の辛辣で狡猾で孤独な友人と言った時、誰のことか瞬時に悟ってこう言った。
「王妃様、でも、最後の孤独だけはもう当てはまりませんよ。あなたと……」
元公爵邸の庭では王家の子どもたちが遊んでいた。せっかく植えたアウレジアの花壇は踏みにじられて無残なことになっていて、アリスが怒っていた。
「あんな楽しい家族を作ったのですから」
そう。王様をやり出してから、もう十年ちかくになる。
そろそろ辞めてくれないかしら。
「ダメだ。圧倒的な力で、押さえつける。そのために王権は最適解だ」
ルイは真顔で言った。
「僕の上にたつ人間は許さない。フロレンスに危害が及んだらどうするんだ」
「そんなこと……」
「万一が、あってはならない。フィリップは罷免した」
「は?」
「幸い、十五歳ほど年下の彼の従兄妹に、彼の好きな中世生活史、特に農業史に造詣の深い女性がいたので結婚を下命した」
なんですと?
まさかフィリップ様と趣味が一緒だったの? なにかぐぃーんと頭が引っ張られた気がした。
「フィッツジェラルド侯爵も引退を視野に、ご子息の結婚を切望されておられる。子どもの時からよく知っている幼馴染でもあるなら心配は要らない。国王として当然の配慮である」
大丈夫かしら。気になるわ。目を泳がせたところで、私はルイに腕を取られた。
「絶対にダメだ。何年もあの男を我慢したんだ」
フィリップは何もしていないのに。
「フィリップがいると思っただけでイライラした」
ああ、この人は全然変わっていない。
「これで完全だ」
ルイ陛下は満足しきった顔をしていた。
「陛下、新しい法務長官をご紹介申し上げます」
その時、声がした。
「法務長官職は代々、フィッツジェラルド家が担ってまいりましたが、このたびご長男が奉職いたしましたので、そのご挨拶に伺ってきております。優秀な人物で、長らく陛下のお近くで仕えていたとのこと。きっと、ご満足いただけることと推薦いたしました」
「父のフィッツジェラルド侯爵の跡を継いで、法務長官として着任いたしましたフィリップでございます」
正装して、何一つ隙のない格好のフィリップが真面目くさって、最敬礼してた。
人生は続く。
それぞれの思惑や誤算も、ごたまぜにしたまま。
私はルイにキスした。未来のことはわからない。今はあなたを愛しているだけ。彼の手を取って、おなかにあてた。
「三人目よ」
ルイは一瞬黙って、見つめて、抱きしめた。
「大事にするよ。守り抜くよ」
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