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第76話 結婚式の前に:メイフィールド子爵

エドワードは式の準備に追われていた。何しろ準備期間が短かった。

王妃の気が変わらないうちに、さっさと式を上げなくてはならなかったのだ。


「全く人使いの荒い……」


遂にエドワードは悲鳴を上げた。


「アレンビー卿の仕事の方はお許しを得てはいますが……それでも、ひどすぎますよ。あなたは何をしてたのですか? 決めなきゃいけないことが山ほどあったのに」


「メイフィールド子爵と積もる話があったんだよ」


ルイ殿下は陰気そうに答えた。


「は? メイフィールド子爵?」



**********


メイフィールド子爵……は、辣腕らつわんの成り上がり商人だった。目立って頭が大きくて小柄でせていて、商売に抜け目がなく、気が付くといつも彼だけがもうけていた。

あまりにも目先がきくので、他人を落とす血も涙もない人物と言われてきたが、彼に言わせると他の連中がおかしいのだと言う。


「いつまでも儲かるわけがない。引き際と投資する時期の見極めが出来ないのに、金を突っ込むのがそもそも間違いだ。自分が儲けられなかったからって、私のことを血も涙もないなどと言うなんておかしいだろう」


彼自身は不器量と言ってもいいくらいだったが、娘は美しかった。皆、彼のことを愛情などとは無縁の存在だなどと陰口をたたいていたが、実はよき父で娘を愛していた。可憐で、彼が手中の珠として育て、身分違いと言えるほどの良縁を得て、幸せな結婚をするはずだった。


貴族たちは、彼や彼の娘を生まれが平民だと軽蔑し、フィッツジェラルド侯爵家にそんな娘など娶らぬ方がよいと進言する者さえいたが、メイフィールド子爵は気にしなかった。そんなことを進言するような連中は小物である。


フィッツジェラルド侯爵は、結婚を許したが、メイフィールド子爵だって、侯爵家との結婚を許したのである。


彼は、商売上便利だったから爵位を買ったに過ぎない。貴族にあこがれなんか微塵みじんも持っていなかった。

身分の高い貴族と縁を結ぶ必要なんかなかった。


この態度がさらに冷たい男と呼ばれる原因になった。娘は高い身分にあこがれて、フィッツジェラルド家のフィリップを誘惑したのだと思われていたのに、父親がちっともそれを後押ししなかったので、そんな憶測が生まれたのだ。


「フィリップ殿と娘は本当におたがいに愛し合っていた」


だから、5年前、娘が死んだ時、婚約者のフィリップが思い出に耐えられず留学と称して外国に行ってしまったことも、彼の両親が黙ってそれを許したことも、メイフィールド子爵は黙っていた。フィッツジェラルド侯爵が職を辞した時も沈黙を貫いた。


「フィリップ殿は娘がいなくなって不幸になった。王室は自分たちが悪いのに、外聞をはばかって事故の話を秘密にした。巻き添えで死んだ娘のことは、身分の低い子爵家の娘だと一顧だにしなかった。同じ人間なのに。彼らは腐っている。あんな連中は要らない」


メイフィールド子爵は、ひっそりと静まり返った客間で、エクスター殿下に冷たい口調で言った。


メイフィールド子爵はエクスター公爵の嗣子なんかに、別に会いたくなかったのだが、先方から求められたら身分柄無視することが出来なかったのだ。


持ち主の財力がわかるメイフィールド子爵の圧倒的に豪華な応接間に、きちんとした格好のエクスター殿下が黙って座っていた。


「彼の苦しみを見て、私もつらかった。フィリップ殿はまだ若い。だから、新しい縁を求めて、幸せになって欲しいと心から思う。父上が家柄から後継者を残さなくてはいけないと思う気持ちも理解はできる。私は貴族じゃないからそんなことは考えないけれどね」


「私は、王家なんかどうでもいいと思っています。絶滅したってかまわない」


エクスター殿下は口を開いた。


「公爵家に生まれついて、贅沢し放題に育った私が言う言葉ではないと思われるかもしれませんが……」


メイフィールド子爵は、さげすんだように若者の顔を見た。


「まず、あなたは王太子じゃない。王にはなれない」


エクスター殿下は少し笑った。

「ええ。ありがたいことに。でも、親族たちの責任を取らされそうではあります」


「あの王妃のことか」


吐き捨てるようにメイフィールド子爵は言った。


王太子が死んだおかげで結婚出来た、死んでよかったと言う彼女の発言を聞いた途端、メイフィールド子爵は王妃を憎み嫌った。まるで自分の娘の死を喜んでいるかのように聞こえたからだ。


「いかにも王族らしい無神経で勝手な発言だった。いつでもそうだ」


「今は議会もあります。王が何もかもを決める時代じゃない。王家の発言に昔ほどの重みはない」


エクスター殿下は言った。


「それでも、王が反対したら、その法案は通らない」


「王個人の浅はかな横暴を許す仕組みだとおっしゃるのですね。王の権力をはく奪したいですか?」


「私は、王と王妃個人と王権が嫌いだが、今の在り方を変えようなどと主張しているわけじゃない。私はもっと個人のレベルで話をしているだけだ。あのフィリップ殿のことだ」


エクスター殿下はため息を漏らした。


「フロレンスのことですか」


「あんたみたいな大変なところへ嫁ぐより、フィリップの方がずっと幸せにしてくれると思うが」


メイフィールド子爵は大きな目でじろりとルイ殿下を見た。


「もし、本当にその娘の幸せを願うなら、あなたと結婚することが本当に彼女の幸せにつながると思っているのか?」


「私は、王位は要らないと言った。不安定だからだ。親族の面倒を見るのも、正直嫌なのです。勝手な連中だ」


メイフィールド子爵は黙ってルイの顔を見た。


「伯父一家だけではない。私の父は愛人を囲っているし、母は恋人と暮らしている。私を顧みてくれる者は乳母や使用人たちでした。初めての友人はフィッツジェラルド家の長女の夫のエドワードだった」


「あなたの身の上話はどうでもいい。そんなことを話しに私の時間を潰しに来たのかね? フロレンス嬢は、あなたを本気で好きなのだろうか?」


ルイ殿下はメイフィールド子爵の顔を見つめて言った。


「若い者の好きだ愛していると言った言葉は、軽く聞こえますか? 私から彼女を取り上げないでください。好きだと言ってくれた時、絶対に、何があっても離さないと思いました」


メイフィールド子爵の、むしろ気味が悪いくらいの大きな目がほんの僅か細められた。


「……うん。それは、わかるよ。私も若い時があったからね。……死んだ妻にそう言われた時、私も世界中を敵に回しても絶対離すものかと思ったからね」


ルイ殿下は目に見えてほっとした様子だった。


「だが、君ならいくらでも妻になりたい女が選り取りみどりじゃないか? 若いし、見目もよい。金も身分もある。摂政の妻など、心が優しくて無私な令嬢になんかはつらいだけだろう。ここはひとつフィリップ殿に彼女を譲ってやれば、あのフィッツジェラルド家が王家を支援する側に回ってくれるぞ? 今は敵側だがな?」


「ですから、私は王位なんか要らないって言ったではありませんか。王家なんかどうでもいいんです」


ルイ殿下の声が少し大きくなった。だが、メイフィールド子爵は落ち着き払っていた。そして尋ねた。


「じゃあ、聞くけど、それならなぜ私に会いに来た? 王位が要らないなら、私に会う必要はなかったはずだ」


「フィリップの味方をすると聞いたからですよ」


「そんな嘘を言っちゃいかん。あんたと彼女は愛し合っているんだろう? わしら外野が何を言おうと関係ない筈だ。王族らしく、そんなことを気にする必要はないだろう。それに、あんたがたはフィリップより先に出会って、好きになっていた。優先権はあると思うね。それなのに、なぜ、この家に来たのだ? なぜ我々に断りを入れに来た? まるで機嫌を取るかのように? 恋に狂った男のやることではないな。そんな口実に価値はないぞ」


ルイは唇をかんだ。


「このまま王妃の好き放題にさせておけば、あなた方はきっと王家をひっくり返すでしょう。それが面倒なだけですよ」


「へええ? 我々商人にそんな力があるとでも?」


ルイはこの質問は無視した。


「王妃の行動には、いずれ誰も我慢が出来なくなる」


ルイ殿下は冷たい表情で言葉を連ねた。


「もちろん、誰かがどうにか始末をつけてくれることを期待されていると知っていますがね。だが、あなただったらやりたいですか? メイフィールド子爵?」


「いや。フフ。そうだね、したくないね」


「ひっくり返そうが返すまいが、どうでもいいのです。尻拭いもしたくない。フロレンスを手元に残せれば、後はどうだっていいのです」


「それがここに来た理由かね?」


「そうです」


「ずいぶん勝手じゃないか。国を安定させるための犠牲だったはずの政略結婚はしない、自分が安全に暮らす権利は求める。君は何の役割も果たさないつもりか?」


「私がサヴィーヤ国の姫と結婚すれば、王妃は疑心暗鬼になって私を憎み、何事かをやらかすでしょう。危険度はむしろ増します。それがわかっている以上、摂政などしない方が無難です。それとも、誰か、あの王妃の頭に知恵をつけてやることが出来るとでも言うのですか?」


メイフィールド子爵は微笑んだ。


「君は見放したわけだ」


「誰かできる人がいるならお願いしたいですね。私は十八歳の若造です。私では皆さんのご要望通りの振る舞いを王妃にさせることが出来ない」


「誰も出来ないだろう。でも、君はうまく立ち回って、サヴィーヤ王女との結婚を逃げた。なかなか見事だったと思うよ。私は評価するね」


「あなた方が王家を潰した後は、王家の者は誰も生き残れないかもしれない。でも、私は、私と結婚したフロレンスを無事に生き残らせたい。そして、私を愛しているフロレンスを悲しませたくない」


「命乞いかね? それとも宣戦布告かね? 私にそんな力はないよ」


「殺されるつもりはありません。フロレンスも守り抜きます。私が邪魔なら、死ぬまでこの国に戻らないつもりです」


ルイ殿下は言った。


「純愛だな……二人で生きる…か」


メイフィールド子爵は静かに笑い出した。


「故郷を捨てるのか? ベルビュー育ちの君と違ってフロレンス嬢には辛いかもしれない。愛する両親や友人がいるだろうに」


ルイ殿下は答えなかった。辛そうな色がその目に浮かんだ。


「いや、むしろ君には帰ってきてほしいもんだね」


メイフィールド子爵はじっとルイ殿下の顔を見ながら言いだした。


「お願い…お願いか。公子ともあろう人物がずいぶん下手に出たな……だが、私が調子に乗ってえらそうに言えば、君はきっと気を悪くするだろう。王家のプライドではない。君を安く買おうと思う男は後悔する。だとすれば、高く買うのみだな」


メイフィールド子爵はにたりと笑った。


*********


「それからどうなったんです?」


エドワードが真顔で聞いた。


「図書館詐欺の話をした」


「なぜ、そんな話題に?」


「我が身をいけにえにして、最も面白いかもしれないネタの披露だ。メイフィールド子爵は気に入ったらしい。腹を抱えて笑っていた。どこがおもしろいんだろう。僕にはよくわからなかった」


恋に狂う少年のパワーが面白かったんじゃないでしょうかと言いかけて、エドワードは止めた。王妃になるところだった。言っていいことと悪いことの区別がつかない人になってはいけない。


ルイのやる事には必ず意味があった。

エドワードは心を落ち着けようとした。

彼は備えているのだ。どんな嵐でも立ち向かうために。



「彼はフロレンスを守り抜くだろう」


そのためにメイフィールド子爵との会見は必要だったのだろう。


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