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第75話 公爵邸の夜

時間がわからなかったけど、扉から一筋の光が漏れてきて、ハンナが手燭を持って、客間に入ってきた。


「坊ちゃま、夕食を食堂に用意いたしました。フロレンス様もご一緒に」





明るい食堂に座ると、殿下の眼の縁が少し赤くなっているのがわかった。



「フィッツジェラルド家とメイフィールド家は、5年前の事件がなくても、王家とは対立していた。全く違う理由からだったけれど」


私は食べながら黙って聞いていた。この話は聞いておいた方がいい。


「だから、フィッツジェラルド家のフィリップとメイフィールド家のアイリスの婚約は嘘のようによくできた話だった。偶然のなせる業だったろうが、それぞれ王家をよく思わない二家が縁戚になり、強いきずなを持つはずだった。ジョン王太子は、命を掛けてすばらしい仕事をした。娘を殺されたことで、二家は王家に対して永遠に忘れないくらいの深い遺恨を受けたのだ」


「殿下は、その二つの家を訪問されたのですか?」


「ちゃんと行ってきたよ。フィッツジェラルド侯爵に、フィリップと同じだと説明してきた」


ルイ殿下は私を見た。


「僕は君が好きだと。僕から取り上げないで欲しいと。メイフィールド子爵令嬢を愛したように、僕も君を愛していると。だから、許して欲しいと頼んできた」


私はちょっと顔を赤くした。フィリップ様のご実家にわざわざお知らせしなくってもいいんじゃないだろうか。


「侯爵は何と?」


「許してくれた。今後とも、フィッツジェラルド家とは禍根なく付き合っていかねばならないからな」


摂政にならないとか、傀儡の王にはならないとか言う政治的な問題と、フィッツジェラルド家の長男の嫁問題は別だし、そこに私はさほど関わらないと思うんだけど。長男の嫁の候補者の一人ではあったけれど。


「それから、エドワードを思う存分こき使うためには、誤解は解いておかなくてはならないしね」


「誤解?」


私はつぶやいた。


「何の誤解ですか?」


「僕は王族じゃない。あんな連中の仲間じゃないってことだ」


私は首を傾げた。彼はたとえ妻が私だったとしても王位継承権がなくなるわけではない。あくまでも、現実問題として王位を継承する確率が低くなると言うだけの話だ。


王妃も含めて勘違いしているような気がするが、その意味なら彼は間違いなく「あんな連中の仲間」である。


「考え方が違うってことだ。僕は海が好きだ。自分たちの古い家柄を誇ったり、特別扱いは当然だみたいなプライドや名誉や堅苦しい礼儀より、面白いものはいくらでもある。自分の力を試してみたいんだ」





食事後、私は殿下の書斎に招待された。この部屋に入るのは初めてだった。


「ここは昔は二間続きの客間だった。ここへ連れて来られた時、僕専用の書斎と寝室に改装させたんだ」


落ち着いた設えの立派な部屋だったが、華美ではなくて、実用一点張りだった。机の上は本が一杯でペンだの紙だのが散らかっていた。居心地のよさそうなソファやいす、ちょっとお茶を楽しめるようにテーブルも置いてあった。


「メイフィールド子爵家はあれきり王家を死ぬほど恨んでいる。僕まで恨まれたくないので、王家とは一線を画すと理解してもらいたい、そこも含めてフィッツジェラルド侯爵にお願いした。メイフィールド家は、この国の産業界を牛耳る実業家だ。だんだん王家なんか意味がなくなってきている。領地経営もね。商人が力を自覚し始めている。力を誇示したがる王妃みたいな人間を王座の側に置くのは危険なのだ」


疑問を抱いた。

この人、旗頭にはならないとか言いながら、せっせと何をしているの?


「ルイ殿下、王位はどうなさるおつもりですの? 今のお話だと、着々と味方増やしと足場固めに余念がないような?」


私は核心に斬り込んだ。食堂と違ってこの部屋には誰もいない。聞きたいことが聞ける。結婚前にこれだけは聞いておかなくてはいけない。


「王位なんか要らない。だけど、いつ足元をすくわれるか、わからない。たとえ国外にいようと、無防備だとろくなことにならない」


殿下は真剣になって言いだした。


「王妃の立場は安泰ではない。彼女は不安でいっぱいだろう。もし、彼女が僕を目障りだと考え始めたらどうなると思う? 一人なんか弱いものだ。一方で王妃の古い専制的なやり方に飽き飽きしている者は多い。君の父や、フィッツジェラルド侯爵やアレンビー卿、メイフィールド子爵、そのほかにも大勢いる。知り合いになっておいて損はない」


亡命って逃げるんじゃなかったのか? 戦う気満々ではないか。


それに、なんか勝てそうな気がしてきた。



王妃は知らないのではないだろうか。いつもニコニコと微笑んでいるこの貴公子の本当の姿を。

エドワードは知っているし、父は感じ取り始めている。


私は最初からなんとなく知っていたような気がする。


ピンクの紙で会話を始めた最初から、批判的で辛辣な私の友人。敵を見抜き、手段を選ばず、着々と戦いの準備を進める。

そして……



「結婚してくれるよね?」


「はい」


「結婚てどういうことかわかってるよね?」


「あなたのために努力しますわ」


私は彼を真摯に見つめて答えた。


この人と一緒に生きていく。それはとても大変なことだとわかった。父が危惧したのも無理はない。

だが、彼は私を守ってくれるだろう。どんなことが起きても、立ち向かって道を切り開く人なのだ。

だが、私も私に出来ることをして、この人を助ける。一緒になって努力する。足手まといになんか絶対にならない。


「きちんと説明さえしていただければ」


教えてもらえれば、私はあなたの役に立てる。まだ十六歳だけど、私はもっと強くなれると思う。きっと彼の役に立てる。


「説明するより、実戦になってしまうんだけど」


亡命覚悟の戦いですもの。私は強くうなずいた。


「大丈夫ですわ。アンドレア嬢のようなことはないと思います。勘違いはしないと思いますわ。でも、先に説明をしていただければ、もっとご満足いただけると思います」


どうもルイ殿下のやることは、説明が後からなので、わかりにくい気がする。


「まじめに勘違いをしているような気がする。僕が君を監禁している状態だって気が付いている?」


「監禁ですか?」


私は首を傾げた。


「自宅に帰れない、外に出してもらえない。そう言うのは監禁と言うんだよ」


そう言われればそうだ。


「そして、どうして監禁しているのか、わかる?」


私はちょっと首を傾げた。そう言えば、さっき父とエドワードはここにいる必要はないと言っていた。なんだか、ハンナに丸め込まれていたが。


「……どうしてですか?」


「帰したくないからだよ。ずっと一緒にいたいから」


「でも、ルイ殿下は、この城にはほとんど戻って来なかったではありませんか」


「じゃあ言い方を変えよう。ほかの男の目に触れさせたくないから。結婚の日取りも決まったし、一段落ついたから、今後は僕はずっとこの城にいるつもりだ。夜も昼も。ハンナから結婚の心得は聞いたんだろうな?」


「え? あっ……」


そう言えば、結婚後のためにと言って、ハンナがエロ本を貸してくれたことがあった。ちょっと内容がアレなので、半分しか見なかったけど。


「ダメな子だ。頭はいいのに、どうしてそうなんだ。婚約が決まったら、僕は君に遠慮することはなくなる」


「あの、違うんじゃ?」


ルイ殿下は金髪をくしゃくしゃにして、ため息をついているようだった。


「なにかトンチンカンなことを言っている。これは結婚式までに改善を図らないといけない課題だ。花嫁修業の一環として。ハンナでは無理だ」


頬がどうしてか熱を持ってきた。手を握られているだけなのに。


「いいかい? 君の父上が言った言葉を覚えているかい? 僕は出来るだけ早く結婚して、後継ぎを残さなくてはいけない身の上だと」


確かにそう言っていた。私は一生懸命うなずいた。


「努力して、僕を満足させてくれるんだよね?」


殿下がいきなり横に引っ越してきていて、耳もとでささやいた。何だか怖い。


「今、言ったよね。君からそんな積極的な言葉を聞けるだなんて思っていなかった」


手を放して逃げようとしたら、逆に捕まって、横抱きに抱き上げられてしまった。

どうしたらいいかわからない。

全然力では敵わなかった。むしろ、か細いくらいの男の子だと思っていたんだけど。


「実は君は知らないだろうけど、君への教育としつけにとても興味があったんだ。どんなふうにやろうかずっと想像していた。ついに教師に昇格できると思うとゾクゾクするよ」


ふっとルイ殿下の顔が目に入った。見たことのない、ものすごく悪い顔をしていた。そして、ニヤリと笑っていた。

もし、おもしろいと思っていただけたら、評価等入れていただけるとうれしいです。もうすぐ完結します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] どんな教育をするつもりなんだ…!! もうエロい気持ちでムラムラしまくっていたんだと思うとなんだかもうなぁ(笑)。 策士なのに! 策士だからか?
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