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いつの間にか全方向から包囲されて、どうしても結婚にまで巻き込まれた気の毒な令嬢の物語  作者: buchi


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第74話 ごめんね

父と、お腹がいっぱいになったエドワードを首尾よく追っ払った後、ルイ殿下は私に向き直った。


「エドワードをエサで釣るのはやめること」


「そんな………」


エドワードは、相当参っていた。痩せてやつれていたし、なんだか気の毒に思ってしまっただけで……。


「どうして、エドワードと仲良く食事をしたりするの? なにか聞きたければ、僕に直接聞いて欲しいな」


「あなたが心配になって、あなたのことを聞いていたんです」


だって、ルイ殿下は私に本当のことを教えてくれないのだもの。


ルイ殿下はソファに座り込んだ。殿下も疲れている様子だった。


「王妃の懐柔はエドワードに任せていた。僕はフィッツジェラルド家やメイフィールド子爵に会っていた」


「何のために?」


私は思わず尋ねた。二人ともあまり王家とは関係のなさそうな人たちだ。なぜ会う必要があったのだろう。


ルイ殿下はちょっと真面目な顔になった。


「君と結婚することで、僕は王冠にふさわしくなくなった……少なくとも王妃にとって僕は王位継承権を失った人間になった」


私はうなだれた。私との結婚が、ルイ殿下の価値を下げるだなんて、悲しかった。


「だが、それを信じない人間もいる。それが、例えば、有力貴族の筆頭のフィッツジェラルド家や、国内の商工業を代表するメイフィールド家の当主だ。信じないと言うより、王位継承に君との結婚なんて関係ないと言っている。彼らは王妃と対立していて、別な旗頭が欲しいから、自分たちに都合の悪い話は無視する」


「別の旗頭?」


「傀儡の王だ。王妃と敵対する彼らにとって都合がいい、彼らの思うままになる王だ。それが僕だ」


誰かの言いなりになるルイ殿下なんか考えられない。


「あなたを思うがままに操ろうだなんて、無理だと思います」


「その通り。無理だよ。だが、僕がこの国で争いに巻き込まれないで生きていくことも、不可能なんだ」


ルイ殿下は歪んだような笑いを見せた。


「出来るだけ早く結婚するって言ったよね? それから、新婚旅行はベルビューだって」


私はうなずいた。新婚旅行と言う言葉を聞いて、ちょっと顔が赤くなった。


「ベルビューはありきたりの新婚旅行地だ。だが、問題はそこじゃない。国外だと言うことだ」


国外?


「殿下、それは……まさか、亡命……?」


ルイ殿下の口元は軽く笑った。目は笑っていなかった。


「僕との結婚を、君の父上が嫌がるはずだよ。できれば僕をサヴィーヤの姫君と結婚させ、君を誰でもいい、例えばフィリップの妻あたりにしておけば絶対安全だった。国内にとどめておけるし、命がけでこんな工作を練らなくてもいい。半年の猶予の間に事態が動くかもしれなかった。そうすれば、こんな危険な男と結婚しないで済むかもしれない」



ようやく綺麗にパズルがハマった気がした。


父が半年の猶予をなぜ置いたのか。

どうしてフィリップ様とデートなんかしたのか、誰も反対しなかったのか。


「王の体調が悪化していっていることは、政府の中心に近いものはみんな知っていた。後継者が不安だと言うことも」


私は向かい側に座る男を見た。

最初はイケメンの優等生貴公子だった。

だが、今は、鋭い碧い目が怖いような男になっている。


「君はそんなこと知らない。どこかの国の王女でもない。政略結婚が義務付けられている家でもない」


それでも愛しくてならない。



ルイ殿下は客間のソファから立ち上がり、向かいに座っていた私をやわらかく抱きしめた。殿下の匂いがした。


「ごめんね」


彼は言った。


「だますような真似をしてごめんね。だからフィリップと一緒に出掛けても、フィリップを毒殺しなかったし、骨も折らなかった。せめてもの君に対する良心のつもりだった」


毒殺と骨折が良心とセットになっている。セリフの意味が分からない。


「もし君がフィリップを選ぶなら、本気で愛すると言うなら、あきらめなくてはいけないと思った。君の幸せのチャンスのつもりだった」


父の言葉がよみがえった。『フロレンスが本気でほかの男性を選べば、ルイ殿下は黙って身を引くだろう』


「公子の身分を振りかざして君を無理にベルビューに連れてったり、中途半端に君をフィリップに貸し出したり、僕は卑怯だった。でも、どうしても君をあきらめられなかった」


あなたがサヴィーヤ王女と結婚すると聞いた時、私はあきらめた。あきらめることが自分の務めだと思った。私の心が死んでしまっても、あなたのためだと思った。


だけど、心の中で、求めていたのはあなただった。


「君の母上が、君が僕を選んだと教えてくれた。心臓が震えた。もう絶対に君を離さない。その代わり、どんな手を使っても全力で守るから。僕を出し抜くことは、誰にも出来ないだろう」


もう夕暮れが迫っていて、部屋は薄暗くなりかけていた。


彼は、抱きしめたまま、ずっとすまないと愛しているを繰り返していた。

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