第73話 監禁と花嫁修業の違いについて
ルイ殿下の言うことは、嘘でもないが本当でもないような……
毎回、そう思う。
「愛されてますよね」
ニヤリと突然、エドワードが微笑んだ。
「でも、あなたは今、渦中の人だから、外に出ないのは正解かも知れませんよ。いろいろ言われたり聞かれたりするのはイヤでしょう?」
「それはそうかもしれませんが……」
だがその時、ギギギとなんとなく不吉な音がして、客間の両開きの扉が開いた。
「あ、お茶のおかわりをお願いします。ミルクも」
振り返りもせず、エドワードが追加を頼んだ。この城はレストランじゃないんだけど。
「エドワード」
響いた声に、パッと二人とも振り返った。
ルイ殿下だった。開いた扉の前に憮然として立っている。相変わらずのきれいな金髪だ。
「……喰い過ぎだ。それから、しゃべり過ぎだ」
エドワードは口を動かすのを止めて、ルイ殿下をまじまじと見つめていた。その後ろには、なんとも複雑な顔をした父の伯爵もいた。
「ルイ殿下、確か、うちの娘に危険が迫っているから、警備が厳重なこちらの城に移るよう仰せられましたよね?」
普段は温厚な父がたまに出す、地を這うように不吉で陰湿な声で父が言った。
「今のお話ですと……」
「あ、伯爵、事情は刻々と変化するものだ。こちらの城に来ていただいた時点では確かにそうだったのだ」
ちょっといつもより甲高い声でルイ殿下が言った。
「それにしても、現在、うちの娘をこの城にとどめ置く意味はないのではございませんか?」
「それにつきましては、わたくしがご説明申し上げます……」
後ろから割って入ったのはハンナだった。
「公爵家にお嫁ぎ遊ばされる若い姫君に、当家のしきたりをお教え申し上げておりました」
いつの間に、紛れ込んだのだろう。
その後ろには、例のぎくしゃくした筆頭執事も仰々しく頭を下げており、そのまた後ろには、別な使用人たちが、いかにもうやうやしく頭を下げて控えていた。
「あ、ご紹介しよう。当家のハウスキーパーで、母がイビス王家から輿入れした際、一緒に来たメジア侯爵夫人ハンナだ。私の乳母でもあった」
父は黙った。イビス王家からの付き添いだったと言う経歴と侯爵夫人と言う看板は、なかなか手ごわい。ハンナは年配でやせぎすだが、灰色の髪をキチンとまとめ上げ背筋をピンと伸ばした姿は威厳たっぷりだ。
「婚儀は間もない。陛下が病に臥せっておられるため、ご臨席はかなわないが、王妃陛下と王太子殿下、王女殿下、両家の両親など、ごく内輪の式を執り行う。その説明をいたしたく伯爵をお招き申し上げた。ところで、花嫁修業の成果はいかがかな? 侯爵夫人?」
ハンナは、いかにも優雅に父の伯爵に向かって礼をした。
「さすがは伯爵家ご自慢のご令嬢、聡明であらせられることこの上ございません。公爵家の系譜や逸話、イビス王家と当国の系図など社交に不可欠な知識は瞬く間に身に付けられました。また、ウッドハウス家の縞瑪瑙と称される美貌は上品でさすがでございます。マナーや礼儀作法は再度おさらいいたしました……」
ハンナは達者だ。私は呆然と彼女を見ていた。こういうのを立て板に水と言うのだろうか。拉致問題は、あっという間に花嫁修業にすり替わっていた。
「さて、伯爵、披露の会は陛下のご容体を鑑みたうえで、後日、善き日を見繕って行いたい」
上機嫌になったルイ殿下は言葉を続けた。
「それまでフロレンス嬢はメジア侯爵夫人の預かりとさせていただきたい」