第72話 溺愛と、拉致監禁
「……………」
いや、ほんのり私もそれは疑ってました。そんなこと言う訳にはいかないから、黙ってたけど。
「ホント、ひどいですよね、あの人。多分、しれっと王妃の侍女の誰かにでも配偶者の身分が決定的に大事だとかホラを吹き込んだんでしょうよ。王妃の周辺はいい人材がいないですからね。侍女は簡単に信じて、真剣に王妃に進言したでしょうよ」
「そうなのですか……」
「そうなると、殿下のサヴィーヤ国の王女との結婚は、王妃の反対でポシャるでしょ? それで、さも仕方ないなあ、みたいな顔して、今のうちに急いで結婚するんですよ。なんだか詐欺臭いですよね」
…………。
「一体、サヴィーヤ国には何人、王女様がいらっしゃるのかしら?」
そっちが気になってきた。
「二十六才を筆頭に五人おられます。一番幼い方が今十二才ですね」
多いなっ? それに思っていたより年上だな?
「王太子殿下との婚約は無理がありませんか?」
王太子殿下は今一歳。末が十二歳では、十一歳違いの姉さん女房だが、いいのかしら?
「今の王太子殿下が二十で先ごろ結婚されましたから、そちらに女のお子様が生まれれば、差し替えになるかも知れません」
「本気で政略結婚ですね……」
私はつぶやいた。
「まあ、これは十五年以上先の話ですからね。また、どうせコロコロ変わりますよ。でも、ルイ殿下の方はそうは行きません。すぐの話です。年周りのいい姫君もおられますし、殿下は美男で有名な上、王子ではないにしろ、有力な王位後継者候補ですからね。ダメだったとしても筆頭公爵の嫡子です。サヴィーヤ家は、あれだけ大勢の姫君がいれば、嫁入り先に頭を悩ませているところでしょう。実際に年頃の娘の縁談を進めるとなれば、本人の意思も大事です。だけど、若くて美しいと噂の貴公子なら、多分、サヴィーヤ家の姫は、大乗り気のはずです」
げっ……マズイのではないか、それは。
「だから、王妃様の大反対は向こうも痛いでしょう。王家の姫が嫁いで問題のない家なんか、少ないですからね。殿下は、ちゃっかり、王妃の反対に乗っかって、あなたと結婚しなくてはいけなくなってしまったみたいな雰囲気を醸し出してますし」
「なんですか?それは?……その嫌々結婚するみたいな雰囲気」
私は詰め物入りのローストチキンを取り分けた皿をエドワードに回しながら、詰問した。
「忠誠を疑われたくないから、宦官になるくらいの決断だって言ってました」
宦官? 私は面食らった。
「そ、そんな例えはあるのですか?」
「聞いたこともないですが、王妃だけは涙を流して納得していました」
おかわりのローストチキンの皿を受け取りながら、エドワードはため息をついた。
「取り返しがつかないって、意味だと思うんですがね。それで、急いで結婚するんだってことになっています」
サラダとパンとバターの追加を頼みながら、私は聞いた。
「自分が毒殺されるとか、私が拉致されるかも知れないって言ってましたけど、そんなのあるんですか?」
エドワードの目が、気の毒に……みたいな色を浮かべて私を見た。
「毒殺はあなたとの結婚を公にした二週間ほど前までの話。毒殺なんかあり得ないと思いますけど、身の危険を感じるほど王妃の側の感情が悪化したって意味でしょうね」
私との結婚を公にしたのは二週間ほど前……?
「あの、私、結婚してもいいと言ったの、十日ほど前なのですが……」
私の承諾より先に婚約が公表されてる?
「あ、結婚していいって言ったんですか? それでここにいるんですね?」
「え?」
なんだか、わからないことがどんどん出てくるけど?
私は落ち着いて、話を整理しようとした。
「いや、まず、時系列的におかしくないですか? 今の話だと、私の承諾と関係なく結婚が公表されてますけど? 私、結婚を了承するまで待つとか、選択の余地がどうのとか言われて、フィリップ様とデートしてたような……」
「殿下に、選択の余地がなくなったんですね。あなたの決断なんか、どうでも良くなったんでしょうね。外堀から埋める作戦ですね。王妃や議会相手に、公表しちまえば、あなたは結婚するしかないですからね」
…………………なんだと?
「私は真剣に悩んでいたのですが……」
「まあ、普通は悩むでしょう。でも、あなたは殿下の発想が読めない方ではないですから、薄々、わかってたんじゃないですか? まあ、読めない人なんか好きにならないだろうから、ここまで結婚工作しないと思いますけど」
エドワードは、サラダと格闘しながら言った。
「結婚していいって聞いたら、それこそもう小躍りしたでしょうね。それで、ここへ問答無用で拉致したと」
? 拉致した? 誰が?
「あの、私、殿下のサヴィーヤ国王女との結婚推進派に、拉致されてはいけないからここにいろって言われたのですが?」
「あ、違います。あなたは、今、殿下に拉致されてるんですよ」
え?
「殿下とサヴィーヤ家の姫君との結婚推進派もいたんですけどねえ」
なぜ過去形? 今は、いないってこと?
「この前、サヴィーヤ家の姫君の絵姿が送られてきたのですよ。全員分」
「全員? あの、一番上は二十六才っておっしゃってませんでしたか? 何人かは、もう結婚してらっしゃるのでは?」
「まだ、全員、独身ですから」
なんで?
「王女様方、みんな、いろいろポーズをとってゴマかしてるんですけど、ご器量が残念だと言うのは有名でして……絵姿を見た途端、皆さま、その気が半分くらいになってしまって」
「皆さまって、どなたのことですか?」
「ですから、サヴィーヤ王女と殿下の結婚推進派の方々ですね。あのお美しい殿下に、このブス姫はあんまりだって話になって……まあ、推進派の方々があなたを拉致なんかしようものなら、殿下もですが、伯爵家と、それから王妃様が黙ってないでしょう。王妃様はあなたと殿下を結婚させたくて仕方がないのですから。誰が一番怖いかは、私もよくわかりませんが」
エドワードは憐れむような目つきで私を見た。
「それにしても殿下はフロレンス様にそんなこと言ったんですか。ひどいな。それを理由にして、ここに閉じ込めたと」
私は我に返った。
「ちょっと! それなら、どうしてここに閉じ込める必要があるんですかッ? どう転んでも結婚することに決まっているんでしょう? 学園にも行かせてもらえないんですよ!」
口元を拭き、運ばれてきたデザートを目で追いながらエドワードが解説した。
「だって、フィッツジェラルド家が、もうあなたしかいないって、侯爵を先頭に一家を上げて長男の嫁獲得作戦に出るからですよ。私、本当はとてもツラい身の上なんですよ?」
エドワードは、デザートのナッツのタルトを口いっぱいに頬張りながら力説した。
長男の嫁獲得作戦……。フィリップ様のことか。
そういや、唯一デートに出かけた女性だとか言っていたような気がする。
なるほど。エドワードはフィッツジェラルド家の婿だ。確かに板挟みだろう。
「身分的にもちょうどいいですしね。デートにでも誘われたらたまらんと思っているのですよ。仮面舞踏会でやらかしたでしょう?」
「それですか……」
「どうしても、あなたを手元に置いときたいんでしょうね。いやはやワガママですよね」