第69話 両想い
「その言葉を聞くまでにどれほどかかったことか」
「ルイ殿下!」
私は身をひるがえして、その声の主を見た。
ああ、殿下だ。あれほどまでに会いたかった人だ。
ずっと心配していた。私とは関わりがなくなったとわかっていても。
彼の顔を見ることは喜びであると同時に苦しかった。
彼は私のものじゃない。
なぜここにいるのだろう。
殿下は私を見つめて、ゆっくり言った。
「あなたを妻として迎え入れたい」
私は彼の顔を見返した。私は言葉の意味を理解すると同時に、父を振りかえった。
「でも!」
父が首を振った。
「殿下は摂政の地位を断られた」
「えっ?」
「我々の説得もむなしく」
「新しい摂政は私の父だ。年齢も生まれも妥当だと思う」
父は首を振り続けていた。反対らしい。
「殿下、我々は殿下に摂政をぜひとも……」
「ウッドハウス伯爵、フロレンス嬢の許しを得た以上、結婚をお許しくださいますね」
父はなにかとても言いたそうだった。口をパクパク開けては閉めていた。
「さあ、では、フロレンス嬢、あなたとあなたの父上に許可を得た上は、私の城へご招待しよう」
「え?」
ルイ殿下は私の手を取った。そして、父の顔を見た。
その目つきは鋭くて、父が思わずたじろいだくらいだった。
「フロレンス嬢はこちらでしばらく預かる。先程も説明したように、あちらの城の方が警備が厳重だ。私は彼女と結婚する。花嫁修業は、メジア侯爵夫人ハンナが、エクスター公爵家にて行う」
私はびっくりして口もきけなかった。
ことの成り行きに。そしてハンナがイビス国では侯爵夫人だったと言うことに。
そして何より、そのまま公爵家へ連れていかれることに、そして父が反対できないことに驚いた。
ルイ殿下はまだ若い子どものような人なのに、私の父のような人が娘の私を連れ去られても、黙っているしかないことに、驚いた。
「思いあう者を引き割かれることはなさらないと思います、伯爵」
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例の正客間に通された私は、ルイ殿下と十センチの距離で問い詰められていた。しかも、両手をつかまれたままだった。
「フロレンス、ひどいじゃないか。フィリップなんかと結婚する気だったの?」
「フィッツジェラルド侯爵が話を持ち込んでこられただけで、ご本人は結婚するつもりはないと思います」
「ご本人て君のこと?」
「フィリップ様です。ねえ、近すぎるわ」
ルイ殿下は笑った。
「君の母上が連絡をくれたんだ。三日前」
ちょっとドキッとした。何の連絡を入れた? 母! まずい気がする。
「君が僕を思って泣いているって」
母、何を教えてるんだ、本人に向かって。
「僕と本当は結婚したいんだって。泣きながら言っていたって」
少し、内容が違うみたいな。概ね合ってるけども。
「だから、断然断っておいたよ」
「な、なにを?」
「サヴィーヤの姫君さ。あなたがいるのに考えられない」
十センチはもっと近くなって、そのまま彼は私にキスした。
ずいぶん時間がたったような気がする。
目の前のルイ殿下が溶けるように笑っている。
「フィリップには感謝しなくちゃいけないな」
「どうして?」
「もっとキスしろって言ってくれたんだ」
何をアドバイスしているッ
「怒った?」
目の前の碧い目が笑いを含んで見つめている。
「ウッドハウスの縞瑪瑙……」
殿下の唇がつぶやいた。
「誰にも大事なものはある。君は僕の心の宝石だ。君だけは譲れない」
ルイ殿下の手を握り返して、私は彼の唇にキスを返した。
「私にも大事なものがあった。あなたよ」
殿下の目が大きく見開かれ、今度ばかりは私が殿下を驚かせることが出来た。
だが、彼は喜んだ。とてもとてもうれしそうだった。
最早、歯止めは効かない。
今までとは違う。ルイが私を愛しているなら、私だって彼を愛している。二人が思いあっているのなら、それを確認し合ったら、絶対に何があっても離れようとしないだろう。
エドワードとベアトリスのように。そして、フィリップとアイリスがそうだったように。