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いつの間にか全方向から包囲されて、どうしても結婚にまで巻き込まれた気の毒な令嬢の物語  作者: buchi


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第68話 再会

なんで母に向かって愛の告白をしなきゃいけないんだ。




しかも、母と来たら、私の渾身こんしんの告白に、


「あらあ。そうなの」


とか言っただけだった。しかも、なんだかニヤリと笑っていたように思う。






部屋に戻った私はベッドにもぐりこんだ。


なんて今更な告白なんだ。


言わなきゃよかった。何の意味もない告白だ、今となっては。




今頃、父と母は、ケラケラ笑っているかもしれない。


『あのフロレンスが色気づいちゃって』


『そうか。ちょっと意外だな』


『きっと、時間が立てば、フィッツジェラルド家との縁談も承知するに違いないわ。フィリップ様はすばらしい男前ですもの』


『その方がいいな。殿下はやはり結婚相手としては難がある。フィリップ殿なら安心だ』



殿下の情報が欲しくて自邸にとどまっていたが、学園に戻ろう。かえって地獄だ。





しかし、学校には別な地獄が待っていた。

アンドレア嬢である。


嫌な予感しかしないので、アンドレア嬢を見つけると私は目ざとく逃げていた。


しかし、1週間もたつと向こうが学習したのか私の警戒が緩んだのか、気がつくとアンドレア嬢が目の前にすっくと立っていて、すとんと隣の席に座り込んだ。


彼女はまじまじと私を見つめて、こう語りかけてきた。


「ルイ殿下との縁談が本格的にダメになったんですってね」


「知りませんけど……」


「あなたってば、何も知らないのね。サヴィーヤ国の王女と結婚するらしいわよ?」


「……そうなの」


「きっと家族が気を使って教えてくれないのね。でも、知らない方がつらいんじゃない?」


ええ、どうもありがとうと私は口の中でブツブツつぶやいた。今、その家族の思いやりを台無しにしているのは、アンドレア嬢、あんたじゃないの。


「宮廷の秘密会議で決まったらしいわよ。殿下は断り切れなかったらしいわ」


「なんで、あなたが知っているのよ?」


「エドワードから聞いたのよ」


ああ。それはダメだ。事実なんだ。


「父が喜んでね」


「なぜ?」


あんたの家の父は、私の不幸に何の関係があるのよ?


「関係あるわよ。これで兄も結婚するだろうって」


「どうして?」


「決まってるじゃない。あなたが空いたからよ」


私がボケッとしているので、アンドレア嬢はもっとよく話が分かるように言いなおした。


「あなたとルイ殿下との結婚が破談になったら、あなたの婚約者の席が空くでしょ?」


破談……。滅多打ちって言うか、滅多刺しって言うか、今、そんな気分です。言葉の暴力だよね、これ。


「兄はあなたのことが気に入ったらしいの。あの事故以来、初めて女性と出かけたって、父がとても喜んでいたわ。それで、あなたのところに申し込んできたって言ってたわ。母も大喜びよ。とうとう兄も結婚するだろうって」


侯爵夫人も敵に回ったか。みんな、なんでそんなに喜ぶんだ、私の失恋を。


「で、破談が決まってすぐに、」


(全然知らなかった。ずいぶん前じゃないとぼんやり思った。それと破談、破談って言うな)


「うちの父が再申し込みをしたのよ。もう、三週間も前の話よ。あなた、それを知っているくせに、私を無視するだなんてひどくない? 私たち、姉妹になるのよ?」


フィッツジェラルド家からの申し込みを聞いたのは一週間前だ。実は三週間も前に破談は決まっていたのか……。


だとすると、両親は私に気兼ねしてその話をしなかったんだろうな。


あの時、ルイ殿下と結婚したいと宣言しちゃったしな。


今から考えると、どれだけアホなんだ、私。全く可能性がないのに、あんなことを言うだなんて。


アンドレア嬢は唇をちょっとすぼめて付け加えた。


「あのね、私、あなたのこと、嫌いじゃなかったのよ。いろいろルイ殿下絡みでキツイことも言ったけど、今じゃ私と一緒でしょ? むしろ、あなたのこと好きなくらいよ。ね? 殿下のことは残念だったけど」


あんたと一緒なんかじゃない。私とルイ殿下の思い出は、あんたと比べ物にならないくらいいろいろあるんだ。


一緒にすんな。残念で済ますな! そして勝手に結婚を決めるな。


殺意がわいた。唇がわなないた。


フィリップ様と一緒だ。今まであんまり泣けなかった。運命に逆らっても、仕方ないと思った。

だけど、もういい。食堂だって、どこだって、泣きわめいて、アンドレア嬢なんかひっぱたいてやる。このバカ女にはちょうどいいわ。


私は全身全霊を込めて、アンドレア嬢をにらみつけた。これまで、不問に付してきたが、今、限界値を超えた。このおバカ令嬢!


「おやめください、お嬢様」


私が血相変えてアンドレア嬢をにらみつけていると、後ろから声がして私の腕を誰かがつかんだ。


「さあ、お屋敷に戻りましょう」


アリスだった。


「授業があるのよ、帰れないわ!」


私はわめいた。


「お嬢様、お父様が大事なお話があるから、お屋敷に戻るようにとおっしゃっておられます。さ、戻りましょう」


「あ、きっと、その話よ、フロレンス。姉妹になれるわ」


明るい声で嬉しそうにアンドレア嬢が言った。

私が怒りまくっているのが、どうしてわからないんだ、アンドレア嬢!

誰が姉妹になんかなるもんか。いっぺん殺してやる。


**********


馬車の中では私は一言も口を利かなかった。


アリスも空気を読んでか、何も言わなかった。この機能が、なぜアンドレア嬢には全く付いていないのだろう。


覚悟はしていたが、死刑台に連れられて行く気分だった。

まあ、それでも人間は生きていけるらしい。どの死刑囚も自分の足で死刑台まで歩いて行ってる。


「お父様の書斎へどうぞ」


父は一人でいつもの椅子に座っていた。


「ルイ殿下の話だが……」


「はい……」


聞かなくてはいけないつらい話に私はうつむいた。


ここで泣いたりしたら父は悲しむだろう。娘の涙なんか見たくないだろう。


「なんでしょうか?」


「この前、母上にルイ殿下と結婚したいと言ったそうだが……」


やはり、その話か。

言いました。言わなきゃいいのに言いました。

それは偽らざる私の気持ちです。

だけど、絶対に実現しない私の夢です。


「本気なのか」


「……本気だろうが、そうでなかろうが、ルイ殿下との結婚はあり得ません。サヴィーヤ国の王女との結婚が決まったと聞きました」


「まあ、それはそうなのだが。一度はそれで落ち着いたのだが……とにかく、お前に気持ちはあるのかね? ルイ殿下と結婚したいと言う」


「ルイ殿下は大好きでした。結婚したかったけれど、今となっては考えるだけでも愚かですわ」


父は黙っていた。


後ろのドアが開いて母が入ってきた。母はなんて言うのだろう。慰めるのか諦めろと説教するのか。どっちも嫌なんだけど。それに観客が多いのは歓迎ではない。


肩に手が置かれた。ハッとした。その手の重み、大きさは女のものではなかった。


「フロレンス……」


その声は……殿下だった。

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