第66話 新しい縁談
陛下が病気だと言う話は、隠しおおせるような話ではなかった。
貴族の間で噂になり、恒例の謁見がなくなっただとか、議会に出て来なくなったとか(議会に出てきても寝てばかりだったと言うのは初めて聞いた)、何を差し置いても出席していた競馬に来なくなったとか、いろいろ聞こえてきた。
釣りばかりやっている弟の公爵と、似たり寄ったりの性格なのかもしれなかった。兄弟だし、仲はいいそうだし。
ルイがどうしているのか、考えただけでも胃が痛くなりそうだったが、何もしないのがベストだとわかっているので、何もできなかった。余計なおしゃべりは特に厳禁だった。
「エクスター殿下とはどうなったのよ?」
学園の食堂で詰め寄るジュディスに、私はヘラリと笑って答えた。
「気が変わったみたいよ? 殿下」
ジュディスがたちまち顔をこわばらせた。
「どうして? あんた、また、なんかヘマを仕出かしたわね?」
「えー、どうしてヘマをしたって決めつけるのよー?」
「だって、殿下は引く手あまたなのよ? あんたが真剣につなぎとめる努力をしてたとはとても思えないわ! デートに誘っていただくとか、おうちに誘っていただくとか、そうね、仮面舞踏会に誘うとか。あれなら、顔がバレないから都合いいわ」
ああ、もう、ほんとに胃が痛くなるからやめて。
今になってみたら、ベルビューに行った時は夢のようだった。連れてっていただいたのよ。でも、もうだめなのよ。
「陛下がご病気らしいから、忙しいのかもしれないわね。殿下は学園に来ていないらしいし」
父はいつも忙しそうで、家に帰ってきても深夜のことが多かった。
多分、陛下の容態が思わしくないのだろう。たまに母と話している内容を漏れ聞くと、次の体制に向けて、内部で話し合いが続いているらしかった。
ただの学生の私が関与するような内容ではないので黙っていたが、同じ学生の身分だが、殿下はずっと父たち同様、あるいは父よりも長時間、宮殿や議会に詰め切りなのだろう。
あの人のことだ。黙って聴きながらなにか考えているだろう。
ある日、母は、真面目な顔をして、私を父の書斎に呼んだ。
「お父様がいないのに、書斎に勝手に入っていいのかしら?」
「これはいいのよ。なぜなら、あなたの縁談の話だから」
ショックだった。別な縁談……
完全にルイ殿下は私の結婚相手の候補から外れてしまった。
「私、卒業するまで結婚はしないつもりですけど」
結婚だなんて考えただけで嫌だった。
「それはそうよ。急ぐ必要なんかないんですからね。だけど、お話だけは進めておかないと、良い方は取られてしまうわ」
別に母の言い分は間違っていない。私の気が進まないだけだ。
「でないとあなたは、ぼーとしたまま、婚期を見事に逃しそうだもの」
「それはそうかもしれません」
殿下を取り逃がして?しまった。
元々無理筋だったことは後からわかったが。まじめに取り合った自分がバカだったのか、それとも、殿下の初恋パワーだったのか。
「エクスター公爵家とご縁が出来ればよかったのに……」
母はため息をついていたが、どう考えてもそれは無理だった。
「実は、以前からご本人のお父上からお申し込みがあったのだけど、このたび再度、お申し込みがあったので」
母が勧める縁談と言うのがあるらしい。
あまり関心はなかった。
どうでもいいと言うのが本心だった。
「とてもいいお話なの。お家柄も申し分ないし、優秀で、しかも大変美男子なのよ?」
お母様、それ、仲人口ってやつですよ。
いかにも勧めるような母の口ぶりが嫌だった。
お母さま、私は今、失恋真っ最中なのです。
正直、本当に、私は傷心なのです。
私の中でルイ殿下は本当に特別な人になっていた。欠点も多かったけど、彼の目は、微笑みは私だけを見ていた。それを思いだすと胸がいっぱいになった。これから先、私をあんな目で見つめる人はいないだろう。
こんなに好きになっていただなんて、知らなかった。自分の心なのに、知らないことが多すぎる。
あきらめなくてはいけないなどとは考えていなかった。それ以前に、すでに全部が終わっていた。
私は呆然として、最近発見したばかりの自分の恋心を眺めていた。
それは致命傷を受けて死んでいた。手の施しようがない。助けてやれない。まだ、こんなにあたたかいと言うのに。
「あなたも知ってるでしょう? あのフィッツジェラルド家のフィリップ様よ。お父上の侯爵様からお話があったの」




