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第65話 運命の分かれ道

陛下が倒れた……


エドワードは真っ赤になっていたに違いない私を見たが、何も言わなかった。


「フロレンス様は伯爵家へお戻りいただいたらいかがでしょう」


有無を言わさず、彼は御者にそのまま伯爵邸へ私を連れていくよう命じた。




あわただしい、興奮した空気が伝わってきた。


エドワードから話を聞いた途端、ルイ殿下のそれまでの熱い様子は微塵もなくなり、すっかり冷静で……冷たく、まるでこれから戦いに行くかのように全身に神経を行き渡らせていた。



「フロレンス嬢、何も言ってはならない。またあとで」


彼はそう言うと、足早に中年の男に近づいた。

中年の男も急いで殿下の方に向かってきた。


アレンビー卿という言葉が聞こえた。中年の男性は財務卿だったのか。


エドワードは後ろに下がり、財務卿が熱心に小声で殿下に話しかけている。


執事は彼らの話を聞かないように離れて、もう一人の使用人から何かを手渡されていた。気になって目を凝らしたが、それはたぶん殿下の着替えだろう。王宮に行くなら、服を替えなくてはいけない。執事は後ろを向いて手招きし、向こうから一台公爵家の紋章を付けた馬車が急いでやってきていた。


だが、その時、私の馬車は向きを変え、殿下の馬車の邪魔にならないように急いで門に向かって走り出した。



***************


「以前から、陛下の健康状態は問題視されていた」


その晩遅く帰って来た父は私にそう言った。父は疲れ切っていて、書斎に軽食を運ばせていた。夕飯を食べる暇がなかったと言っていた。


「酒量が多く、不健康だと言われていた。臣下一同、ご心配申し上げていた。王子殿下がお小さいだけに……」


そこで、父は誰に向かって話しているのかにやっと気が付いたかのように、話を変えた。


「まあ、フロレンス、お前には関係ない。王弟殿下とルイ殿下は、火急の用と言うことで王宮に呼ばれた」


「フロレンスに関係はあるでしょう?」


母はヒステリックに叫んだ。

私は黙っていた。


父は疲れ切った様子で、だるそうに母を見た。


「それどころではない。ルイ殿下しかいないのだ」


「何がですの?」


「王家の後継問題だ」


父は絶対この話をするなと母に口止めをしてから続けた。


「王子殿下はまだ1歳だ。無事に成長されるかどうかすら誰にもわからない。最後の砦は、ルイ殿下ただ一人なのだ。万一を考えれば、ルイ殿下の妻は伯爵家の娘では無理だろう」


父が言った。


「それに結婚も急ぐ必要が出て来るだろう。ルイ殿下には出来るだけ早く跡継ぎが必要だ」


私は黙っていた。

私に出来ることは何もない。


母が顔色を変えて父に食いついたが、父は簡単に短く答えた。


「ダメだ。もちろん、従兄弟や甥などもいるが、他国の者が多い。他国の影響を受けるのは賛成しない。誰が王になるかで、内部で意見が分かれて内戦など起きたらどうする? 幼い王子に何かあっても、盤石の後継者がいれば、この国は安定だ。それがルイ殿下なのだ」


母はいろいろ言っていたが、私は鉄のように冷静だった。


わかっていたことだった。


例えば、もう一人王子様が生まれていれば……予備と言っては何だが、それだけでもルイ殿下の自由度は全く違っていただろう。


彼は、何年か前、母親から引き離され、ベルビューから自国に戻された。


王太子殿下が落馬事故で死んだからだろう。


見た目が麗しく、出来のいい少年。頭がよく、礼儀も人当たりも申し分ない。国中が振り向いたことだろう。


彼でいいではないか。


ギリギリと締め付ける期待。役に立たない彼の父。むしろ彼がフォローに回らねばならない。蝶のような母。美しいだけで愛してくれない。


そうか。


彼が姑息なような手紙と言う手段で、近づいてきた理由が少しだけ理解できた。


やっぱりルイ殿下はしっぽを振って近づいてくる子イヌみたいな気がしてきた。

安心できる人、やさしい人のところへ、しっぽを振って飛びついてくる。抱きしめてもらうために。

だが、馬車の中のことを考えると、私の頭の中で子イヌは突然成長してオオカミに化けた。

その後、でも、オオカミはどこかへ行ってしまった。


彼には義務と使命があったのだ。彼は呼ばれて行ってしまったのだ。


「まあ、殿下でなくともフロレンスにはいい縁談がありますわ。王妃になるだなんて、やり切れませんもの」


母は思い切れないらしく、不満そうに言ったが、父はその言葉に振り返った。


「エレノーラ、今のような言葉は決して言ってはならぬ。陛下のご容体は絶対の秘密なのだ。いいか、風邪で伏しておられるだけだ。絶対だ、わかったな? フロレンスもだ」


王家の事情は絶対の秘密だった。


「エレノーラもよく理解しておかなくては。王妃様は今、極度の緊張状態にある。国王陛下の容体が思わしくないからだ。政治向きのことは、一応、王弟殿下のエクスター公爵が代理で嫌々やっているが……」


嫌々なのか。まあ、あの公爵のことだ、面倒なことは嫌がりそうだ。


「王弟殿下が仕事を投げ出すと、結局、ルイ殿下に回ってくる。そうすると、王妃様は警戒する。王位が王子殿下ではなく、有能なルイ殿下に回るのではないかと疑心暗鬼になられるのだ。絶対にこの話題について話さないように」


「もちろんですわ」


母は王妃様の性格を知っているらしい。

絶対に話さないと誓っていた。


「フロレンス、お前もだ。学園でジュディスに話してもいけない。平民だから関係ないだろうと勝手に想像して油断してもいけない。わかったな?」


私は静かにうなずいた。秘密を守るのは簡単だ。言わなければいいだけだ。


******************


翌日もその次の日も、殿下は学園に来なかった。


私は食堂でランチをして、勉強にいそしみ、図書館へ行っても本は読まなかった。


本に没頭している場合ではない気がした。



「でも、私に出来ることは何もないわ」


そして、なにもしないことがベストだった。


ルイ殿下は私より年上だ。もうすぐ学園を卒業する。


私は彼が結婚してから、結婚するのだ。誰だか知らないけれど。でないと彼は悲しむだろう。


こうなってみると、ルイ殿下の気持ちはずっと冷静に見ることが出来た。そして自分の気持ちも。


ルイ殿下の本気の恋の行方は、国家の事情で押しつぶされる。

彼の両親がそうだったように。


私は自分と自分の家と一族のために、黙って静かに彼の去就を見守るだけだ。


わずかにできることは、ルイ殿下の結婚後に結婚すること。


別に難しいことではない。彼は国家のために跡継ぎを作らなくてはいけない。すぐにでも結婚しなくてはいけない。

私は今すぐ結婚する必要はない。だから、不可能ではない。


私が先に結婚したら彼は悲しむだろう。



「ちょっと、フロレンス、どうして泣いているの?」


ビックリした様子のジュディスが声をかけてきた。


「ああ、違うのよ。目にゴミが入ったみたいなの。ちょっと目を洗って来るわ」


かわいそうなルイ。かわいそうな私。



よく考えたら、最初からわかっていたルールだった。


陛下はもう六十歳に近い。これ以上、お子は望めないだろう。


ルイに最初から結婚の自由なんかなかったのだ。


学園で誰かを見染め好きになって恋に落ち、抱きしめて愛をささやく。心が満たされる。

『僕のものだと印をつけたい』


そして、押しつぶされてフィリップのような絶望した目になる。


『生きてさえいれば……失恋した方がどんなにマシだったことか』


生きていても、同じような思いをすることがある。


「もう、会うこともないかも知れない……」



彼が、最後に公爵邸でつぶやいた言葉がよみがえった。


『予想よりずっと……ずっと早かったな』


彼ら……ルイ殿下やエドワード、アレンビー卿などは予想していたのだ。

当然そうだ。あらゆることを想定していなければ……生きていけない。


早かったというのは、もし、あと例えば十年陛下が元気だったら……せめて五年でも、元気だったら、多分、ルイは王家の責任を逃れられたはずだ。




一か月が何事もなく過ぎ去った。

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