第61話 誤解は進む。どこまでも
私はフィリップ様がイビスに行ってしまったことをエドワード様から聞かされた。
あの山へのピクニックから1週間くらいたってからだった。
「あの、エドワード様」
私はものすごく気になっていたことがあったので、問いただした。
「どうしてフィリップ様を私に紹介したのですか? そして、殿下はこのことを知っているのでしょうか?」
「知ってますよ?殿下は」
エドワードはけろりとして答えた。そして、どれがどうかしましたかと尋ねた。
「知っていて、放置されていたのでしょうか?」
「ええ。だって、あなたの選択の余地を残しておきたいって言うのが殿下の方針でしたからね」
選択の余地……
「お父上の伯爵からも、その点は強く言われていました。つまり、公爵家の権力で気持ちもないのに、無理矢理結婚させられたりすることがないようにと」
「そうですか……」
今の今まで、私は望まれて嫁ぐのだと思っていたけれど、どうもそうでもない気がしていた。
「公爵家に嫁ぐことの重大さをよく理解して欲しいと言ったところでしょうか……」
私はそう言ったが、元気をなくしてきたことがわかると、エドワードはあわてたようだった。
「もちろん、殿下はあなたのことが大好きです。愛しておられます」
「うーん。でも、公爵夫人と公爵閣下を見ていると、大変なんだなと痛感させられますわ」
フィリップ様の話は、私の気持ちに影を落とした。公爵も公爵夫人も、人がうらやむような夫婦ではない。どちらかと言うと二人とも勝手な人たちだ。
「あ、あの方たちは特にウマが合わなかったのではないかと思いますね。殿下とあなたはとても仲が良いではありませんか?」
「仲がよいお友達なのかもしれませんわ。私の方から殿下に強く申し上げることはありませんし……」
フィリップ様は私に付きまとっていたように見えたが、本当の理由は私のことが気に入ったためではない。
エドワードがいろいろ知りすぎているのも、殿下が黙っていることも何かおかしい。
それに、大体、私はモテない方なのだ。
殿下がいたので、今まで、そんなこと気にもしたことなかったけれど、よく考えたら誰も私に親しくしようと言う男性はいなかった。ジルが初めてだった。だけど、そのジルは実はルイ殿下だったわけで、そう考えると殿下以外、誰も私に関心を持ってくれる男性はいなかった。
唯一、フィリップ様だけが誘ってくださったけれど、フィリップ様は死んだ婚約者のことがどうしても忘れられなくて、自分でもどうにもできない方だった。
「まあ、私はモテる方ではないので……一度、父に私にも釣書が着ていないか聞いて見ます」
エドワード様は何か大慌ての様子だったが、私は続けて言った。
「自分で探すのは私にはどうも無理なような気がしますわ」
「いや、どうしてなの? ルイ殿下はどうなるんですか?」
私は聞いていなかった。
「ちょっと、フロレンス嬢! ルイ殿下はあなたを大好きで愛しておられるでしょ?」
「ルイ殿下にも選択の余地はあると思いますわ。気持ちもないのに、無理に結婚することはないって、今あなたもおっしゃったではありませんか」
「ルイ殿下には気持ちがありますよ! わかってます?」
「でも……」
「でも? なんですか?」
「フィリップ様と一緒に出歩いていても、選択の余地なので放置だったのですよね。私、殿下に甘えすぎていたような気がします」
私は少し冷静になるために、学園を離れて自宅へ帰りたいと思った。後ろではエドワードが何か叫んでいた。
「ちょっと! フロレンス嬢! 殿下はフィッツジェラルド家にはいろいろ貸しを作りたい思惑もあってですね。そして、何よりもあなたの父上のウッドハウス伯爵が、どうしても口を挟まれるものだから、円満な結婚のために我慢に我慢を重ねて……聞いてない。聞いてくださいよ! フロレンス嬢!」
自宅に帰って、夜、父に縁談の当てがないか聞くと、父は文字通りびっくり仰天した。
「どうして? ルイ殿下はどうなった?」
「ルイ殿下にも選択の余地があるそうですわ」
父は眉をしかめた。
それからゆっくりと言った。
「私の目には彼は本気に見えたがな? まあ、でもフロレンス、結婚なんか焦ることはない。まだ卒業までだいぶあるじゃないか」
「私、姉と違って全くモテないので、どうも心配になってきました」
「いや、私はお前が何か勘違いしているんじゃないかと心配になって来たよ」
私は食堂に出入りするのはやめることにした。なんとなく気が向かない。
食事なんかどうでもいい。
図書館に行くことにした。その行く道がてら、お行儀が悪いことはわかっていたけど、サンドイッチの小さいのを齧ることにした。食べたくなかったけど、昼を完全に抜くと目が回る。
そして、昼休みも本を読む。
やっぱり本はいい。そのひと時だけでも、いろんなことを忘れられる。
心の底に残ってしまったのは、フィリップ様のどうにも暗い顔だった。
愛とは恐ろしい。
一方でエドワード様の幸せそうな顔も思い出されてきた。
ベアトリス様と見かわす目と目には特別な相手だと言う思いが伝わって来た。
「お嬢様、最近食が細いのですが、何かございましたか?」
部屋に戻ると心配そうな顔をしているアリスが話しかけてきた。
「大丈夫よ」
「でも、ドレスがダブダブに……やはり何かまずいことでも? フィリップ様と出歩いていらしたようですが、ルイ殿下にばれてしまったのでしょうか」
その話はやめて。あれはどうやら殿下が私に仕掛けた罠だったらしいわ。
殿下は気が変わったのでしょう。
エドワードとルイ殿下は、図書館の窓が見える場所に移動して双眼鏡を握りしめていた。
「ダメじゃないか、エドワード」
「いやあ、面目ない。なにかネガティブな方向に思考が走ってしまったらしくて」
「自信がないのか、フィリップに比べて僕を嫌いなのか」
双眼鏡のピントを必死になって合わせながら、ルイ殿下が言った。
「どっちなんでしょうねえ」
「なんで、そこで、疑問形なの? フィリップの肩を持つ? かくなる上は、自分でどうにかする」
「何するんですか?殿下」
エドワードは信用できないような調子で言葉を返し、ルイ殿下を眺めた。
「将を射んとする者はまず馬を射よ(日本語訳)、だ」
「は?」




