第57話 仮面舞踏会の夜
ルイは憮然として市庁舎ホール前に立ち尽くしていた。
中からは煌々と光が漏れてきていて、楽しそうなざわめきも聞こえる。
「これはなんだ」
「仮面舞踏会でございます、殿下」
「なんで、仮面舞踏会なんだ」
「最近、王都でも開催されるようになりまして、大流行なのでございます、殿下」
市庁舎のホールを借り切って、パーティは開催されていた。主催者はオペラ座のマネージャーで、人気歌手の歌が堪能できると銘打たれて参加者が募られていたが、そっちは言い訳で仮面舞踏会の方が参加者の主な目的だった。
「そんなことを聞いてんじゃない! どうして仮面舞踏会なんかへ、フロレンスが行くことに……」
悔しさのあまり、ルイ殿下の言葉は途切れた。
「仮面舞踏会へフィリップ殿と出席するだなんて、効果は抜群でございますよ! 殿下と踊りたかったと、きっと思われることでしょう。違いますか?」
自信ないんですか?と問われて殿下は黙り込んだ。
「仮面舞踏会はベルビューでは盛んに催されているではないですか。まさか殿下、ご存じないとか?」
「よく知っているよ!」
「それを我が国風にアレンジしたのでしょう。個人宅や王宮で仮面舞踏会を開催することはできません。招待状を配るわけですし、人数も少ないですから、仮面の意味がないですからね。当然、ワクワク感もないわけで」
ルイは周りを見回した。
見ただけでも、ワクワクしている男女が楽しそうに仮面をつけて参加している。
男はとにかく、女の方はいつもより格好が派手な気がする。
「そのうち禁止されるかもしれないなあ」
「まあ、風紀が乱れるとか言って、教会あたりがうるさくなるかもしれませんね。それより、これ」
エドワードはルイに黒っぽい妙なものを押し付けた。
「何だ?」
「カツラでございます」
「カツラ?」
「殿下の髪は目立ち過ぎです。すぐ誰だかばれてしまいます。中に入る前にさっさとかぶってください」
「いいじゃないか、そんなこと」
「フロレンス嬢やアンドレア嬢にばれたら、どう言い訳するおつもりですか? 今日は黙って見守るだけでしょう?」
答えの代わりに、ブスッとしながらもルイはカツラをかぶった。
「全然、イメージが変わりますね。じゃあ、こちらが殿下の仮面。そして、これが本日のフロレンス嬢のドレスと仮面の絵姿です」
エドワードは抜かりない。これなら、直ぐにフロレンスを見つけられる。
多分、ドレスメーカーから手に入れたのだろう。顔が描かれていないが、衣装は薄青いヒラヒラしたレースで覆われた華奢な感じのもので、青紫のリボンが飾りについてた。仮面も同じドレスメーカーの作品なのだろう。青紫の華やかなものだった。
必死に絵姿を頭に刻み付ける自分がバカみたいだった。でも、絶対について行く。この衣装のフロレンスと一緒にいたいと痛切に思った。なんでこんなことになったんだろう。
二人はホールへの階段を上り、煌々と灯りがともされる会場へ入って行った。
ホールまで来るとエドワードは言った。
「じゃ、私はベアトリスと待ち合わせしているので、ここで」
「え? 仮面舞踏会で待ち合わせ? 夫婦なのに?」
「たまには趣向が変わった方が気分が変わって楽しいので、ベアトリスを誘ったんです。大体、踊らないんだったら、時間が余り過ぎですよ」
エドワードは殿下に注意事項を列挙した。
「殿下は、変な女性に声かけちゃダメですよ? 好きでついて来たんですから、ちゃんとしていてください。それからフロレンス様に近づきすぎだとか騒いで、逆上してフィリップに切りかかったりしないでください。私たちはフロレンス嬢とお話しするかもしれませんけど、殿下は来てないことになっているから、こっち来ないでくださいね」
なんか、ひどい。
しかし、エドワードはさっさとどこかへ行ってしまった。
会場の外では、侯爵家の馬車から、フロレンスが緊張気味にフィリップに手を取られて降りてきたところだった。
「大丈夫ですよ、お嬢さん」
フィリップは優しく言った。
「私、殿下がいるのに、仮面舞踏会に出るだなんて。ルイ殿下がきっと嫌がりますわ」
「ずいぶん義理立てするんですね? 婚約者ではないのですよ」
私はフィリップ様の顔を見た。私は婚約者になりたいのだろうか。
「仮面舞踏会ですから、一応、顔はわかりませんよ」
「一応?」
「ええ。慣れれば、ふしぎと見分けがつくのですが、この国ではあまり開かれていないので、みんな無礼講とでも思っているんじゃないでしょうか。そんな雰囲気がありますね」
私は周りを見回した。
確かにベルビューで参加したダンスパーティの時より、なんだかワクワク感が強い気がする。
「私のそばを離れないでくださいね。そして、ダンスは全部断ること。先約がありますと言って」
私はフィリップを見上げた。彼は、私やルイよりずっと年上だった。
フィリップは私の目線に気が付くと、そっと笑って見せた。
「私と踊らなくてもいいですよ。踊りたいですか?」
私にはわからなかった。
「アンドレアは私をダンスパーティに連れ出して欲しいと言ったのでしょう? 私が結婚する必要があるからって」
私はうなずいた。アンドレア嬢は兄のために一生懸命だった。
「お兄様思いの妹だと思いました」
「単細胞ですけどね」
私は思わず笑った。
「この間、妹があなたに言った言葉を聞きました。全く無分別にもほどがある。申し訳ない。私から謝罪します」
私はまた微笑んだ。
「気にしていませんから大丈夫ですわ」
「気にならなかったですか? あなたのことをエクスター殿下にふさわしくないと、言ったそうですね」
「あら……だって……」
ふさわしいかどうかなんて、誰にもわからないかもしれない。そして、それはエクスター殿下が決めることだ。
私たちは横手に置かれているソファの一つに座った。フィリップ様は慣れた様子で給仕を呼び止め、飲み物を持ってこさせた。