第54話 フィリップ様とデート(エドワード付き)
学園の食堂で、フィリップ様に紹介されてしばらくして、フィリップ様からのお誘いを受けた。
私は困りまくった。
「あのー、私は、今、エクスター殿下と……」
フィリップは優しく尋ねた。
「婚約されている?」
私は首をひねった。
あの後、エクスター公爵が自ら訪問してこられて、お申し込みをして帰った…らしい。
だから、婚約状態になっているんだと思うのだけど、まだ、公表されていない。父も黙っているし。
私は話を変えてみた。
「今日は何のためにここへ来られたのですか?」
校門の前は多くの生徒が通る。目立つ。
立ち話をしている私たちを、生徒たちがじろじろ見て行く。
当たり前だ。立場が逆だったら、私も絶対そうする。一体、何してるんだろうと。
「お誘いにあがりました。ご一緒にカフェに行くお誘いです」
それは……婚約者がいる身の上としては、遠慮した方がいいのではないだろうか。
「父に相談させてくださいな」
「こちらが、伯爵様からのお許しの書状です」
「ええっ?」
フィリップ様がふふっと笑って、うちの専用封筒を取り出した。ちゃんと伯爵家の紋章が押してある。
『フィッツジェラルド侯爵ご子息フィリップ殿と、カフェに出ることを許可する。ウッドハウス伯爵 オズワルド』
最後に父の署名がついていた。間違いなく父の字だ。
「心配はありません。馬車も用意しました。フィッツジェラルド侯爵家の名にかけて、ご心配になるようなことはございません」
「あの、でも……」
「なぜなら、二人きりではないからですよ」
「え?」
「妹婿のエドワードも一緒なんです。だから、心配ご無用です」
なんだかんだ言って、結局、私は馬車に詰め込まれた。
エドワード様が一緒なら、すごいことにはならないだろう。なにしろ、彼は妻帯者だし、フィリップ様の義弟にあたる。ルイとも仲がいい。
「来てもらったのはほかでもない、真剣にフィリップのことも考えて欲しいからです」
私はお茶のカップを目の前に、このセリフを放ったエドワード様に釘付けになった。
フィリップ様は単に笑っている。
「か、考える?」
「もちろん、生涯の伴侶として」
目がまんまるになった。一体何を言っているのかしら? エドワードはルイ殿下の忠実な友人だったのではなかったのかしら?
「わ、私はフィリップ様とは前回が初対面なのですが?」
「今からでも、知り合いになればいいと思っています」
エドワードがいやに熱心に進めてくる。
黒髪にヘーゼルの瞳のフィリップ様は、すっと通った鼻筋と言い見事なあごの線と言い、彫刻のように整った容姿の人だった。ルイみたいにキラキラしていないし、目つきも穏やかだ。優しいと言うより、重厚な感じがする。年齢も私より十歳くらい上だろう。
ルイ殿下はどう思うだろう。
「あなたの選択も大事にしなくてはいけないだろうと、ルイ殿下もおっしゃられて」
エドワードが真面目に言いだした。
「え? なぜ、今更?」
あれだけ退路を塞いでおいて、なぜ、そんなことを言いだしたのだろう?
「反省されたのでしょう」
エドワードが深くうなずきながら言い切った。あのルイ殿下が反省……。信じられない。
「私はルイ殿下をよく知りませんが、結局当て馬になるんじゃないかと思っていますけどね」
フィリップ様は言った。
「妹のアンドレアには、相当後押しされましたが」
アンドレア嬢! そうか。私がフィリップ様と結婚すれば、ルイ殿下がアンドレア嬢と結婚する可能性も出てくるわけね。
この話は単にアンドレア嬢をエクスター公爵家の妃に据えたいフィッツジェラルド家の罠なのだ。
うちの父は、何でこんな見えすいた策略に乗せられているんだろう。
「アンドレアは、ルイ殿下と結婚するんだと息巻いていました」
フィリップ様はおかしそうに笑っていた。
「まあ、殿下は大変に美しい方ですからね。気持ちはわかります。でも……」
末娘のアンドレア嬢が憧れの殿下に一生懸命アピールをしている件についても、侯爵家の人々は、無理はするなと釘を刺しているらしかった。
ちょっとびっくりした。
フィリップ様は、穏やかに笑っていた。
「ルイ殿下は将来摂政になるだろうと思われています」
私はびくりとした。本人や自分の父親以外の人物からその話を聞くのは初めてだったからだ。
「あの方について、私は直接知らないが、エドワードによると非常に頭は切れる人らしい」
「まあ、別に勉強をしなくても成績は取れますしね。ちょっと歪んで育っているかもしれないですけど」
「だったら、アンドレアには無理でしょう。アンドレアはとても無邪気でかわいらしい娘だ」
違うと思う。結構、高圧的で、怖いんですけど? フランチェスカを学校の食堂で絞めていたのに?
「妹には幸せな結婚をしてもらいたいと思っている。ベアトリスみたいに」
フィリップ様がちょっと遠い目をしてそう言った時、奇妙なことにエドワード様の顔の表情がゆがんだことに気が付いた。