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第53話 フィッツジェラルド家

ルイ殿下は困惑した。


「なぜ、そのような方にお願いした?」


「絶対に安全ですから。フィリップは女性に心を動かされない。フロレンス嬢はそのフィリップが唯一関心を示した女性なのでね」


「女性に関心がないとか言いながら、どう言う関心なんだ、それは!」


ルイ殿下は吠えた。


「フロレンス嬢に関心がある訳じゃないと思います。王族のあなたに関心があるのだと思います。彼は王室に深い恨みを持っているので……」


「それじゃあ、より一層フロレンスが危険じゃないか」


「フロレンス嬢は王室側の人間じゃありません。王室のメンバーのあなたが大事に思っている人です」


「他人が大事に思う女と、どうしてデートしたがるんだ」


「王室の人間が関心を持つ女性とデートしたい。復讐心でしょう」


「仕返しに、フロレンスを本気で狙いに来たらどうするんだ!」


「大丈夫ですって。フィリップが王室と無関係のフロレンス嬢を傷つける心配はありません。むしろ丁重に扱うでしょう」


「エドワード、これは何の茶番なんだ。目的はなんだ」


「フィリップだってわかっています。あなたに復讐するのは間違いだって。それでも、あなたはその美しい容貌や出自から、あの傲慢な王家の一員に見えるのです」


「僕には父も母もいないぞ。二人とも、僕には無関心だった」


ルイは本音を吐いた。


「フィリップはそれを知りません。あなたを死んだ王太子殿下に重ねているのです。でも、フロレンス嬢と話せば誤解は解けるでしょう。あなたがそんな人ではないとわかるでしょう。フロレンス嬢のような人が愛するのは、あんな勝手で冷たい人間ではない」


ルイは黙った。


「あなたを理解してもらうのに、フロレンス嬢程うってつけの人はいない。彼女はあたたかく優しい」


恋人を誉められるのは悪い気分ではないが、何とも承服しがたい。


エドワードは淡々としゃべった。


「フィッツジェラルド侯爵家は、表向き中立ですが、実は違います」


ルイ殿下は鋭い目をエドワードに向けた。


「侯爵家は古い、何代も前に叙爵された名門中の名門。領地も広大でフロレンス嬢のウッドハウス家同様、王家との関係は薄い。王太子殿下の事件以来、当主の心は完全に王家から離れました」


「それで?」


ルイ殿下は促した。


「今後どうなるか、わからない。私はあなたと離れたくないので、フィッツジェラルド家が、あなたはほかの王家の人々と違うのだと納得してくれればと願っています。殿下を焦らせてやってくれと頼んだら、フィッツジェラルド侯爵は笑っていましたよ」


「フロレンスを焦らせるためだけって頼んだじゃないか。どうして僕を焦らせる話にすり替わっているんだ。それに、フィリップは、すごく男前じゃないか!」


「男前じゃないと、フロレンス様の訓練になりませんよ」


「訓練?」


「そう。少女から女性になっていただかないと、ご不満なのでしょう?」


「え?」


「だから、やきもちを焼かせたかったり、しつこく付きまとったりしたんでしょ」


「そんな幼稚な真似なんか僕はしないぞ?」


エドワードは笑って、勝手にケーキをむさぼり喰い始めた。


「公爵家のこのケーキはいつ食べても絶品ですねえ。懐かしいですよ。家庭教師をしていた時はほぼ毎日食べましたね。素朴なようで洗練されている。レーズンとクルミ、基本に忠実なのに、ほかとは違う」


合間合間にキューリのサンドイッチをつまみ、お茶の香りを楽しむ。


「フィリップにはその事情も話して任せました」


「なにを? 何を任せたの?」


「全く関係のない男性としばらく接触すれば、彼女にも意味が分かると思いますよ」


エドワードはとても面白そうに殿下に笑いかけた。


「さあ、殿下。決して悪い結果は生まれませんよ。要は、フロレンス様には殿下に恋心を抱いていることを自覚してもらえばいいだけですから」


ルイは少々赤くなって、人手を借りるつもりはないし、自分でどうにか出来る自信があると反論した。エドワードは肩をすくめた。


「へえ。それで、あの釣書事件を起こしたと……」


「ちょっと失敗しただけだ。そもそも僕のせいじゃない。あのソフィア夫人が悪い」


「じゃあ、ゆっくり待ちますか? 殿下。協力者がいた方が話は早いと思いますがね? 伯爵家からの期限は半年ですよね?」


エドワードは悪い笑みを浮かべた。


「あのフロレンス嬢に、自覚を持ってもらうんですよ? 釣書より、もっと強い動機が必要ですよね?」


「男を近づける以外に方法はないのか?」


「たとえば、殿下が他の女性、たとえば、マデリーン嬢とかアンドレア嬢と付き合ってみるとか?」


「いや、それはちょっと……」


二人とも食い付いたら離れない気がする。

それに、マデリーン嬢くらいならとにかく、侯爵家の令嬢と親しくなったら、そのままジ・エンドだ。フロレンスは黙って身を引き、単に婚約者がすげ変わるだけだ。


「それにフロレンス嬢には、信用があります。男に関心がないって言う」


その信用もどうかと思うが。


「それに、相手役のフィリップは言ってみれば値段の高い男ですからね。侯爵家の嫡男で思慮深く、むやみに女性に手を出すような人物じゃない。むしろフロレンス嬢はうらやましがられるんじゃないでしょうか」


「誰かの話を聞かせてやるとか、もっと間接的教育方法はないのか?」


「釣書をみせるとか?」


エドワードに無慈悲に切り返された。


あの残念な釣書事件は、フロレンスに恋心を持ってほしいと言うルイ自身の無自覚な思いが引き起こしたちょっとした軽いイベントのはずだった。

ソフィア様が乱入したせいで、大ごとになってしまったが。

そしてフロレンス嬢からの反応はなかった。と言うことはつまり恋バナなんかを聞く気は多分ない。そして効果は期待できない。


「外遊から帰ったばかりのフィリップ様は事情を全く知らないと思われているから適任ですよ。彼は大人で、これくらいの芝居なら打てますしね」


ルイ殿下は、ため息をついた。


「殿下、キューリのサンドイッチ、おいしいですよ? ハムもあります。フィリップの動向は全部把握できますからね。心配ならこっそりついて行けばいいだけですよ」

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