第51話 別の恋人候補を紹介される
そして、その翌週、いつもと同様、食堂でランチをしているとルイ殿下が現れた。
途端に、一緒にいたジュディスは心得た様子で席を外した。
この前の一件以来、伯爵家への訪問がしにくくなったので、こうやって学園で隙さえあればそばにやってくる。
だんだん殿下のイメージが変わってきた。懐いてくる子イヌみたいだ。庇護欲をそそるって言うか……。この感情は、これでいいのかしら? 仮にも婚約者候補に対して?
だが、私は、殿下をにらんだ。殿下はため息をついている。
「この前の、別邸訪問の件だが……」
「ソフィア様とお知り合いになれてよかったですわ。お母様だけでなく、お父様の方の事情も分かりましたし」
彼も失敗したと思っているのだろう。何か言いかけたが、私はすぐ口をはさんだ。
ちょっと私は意地悪な気分になっていた。
「殿下が、他のご令嬢も並行してご検討中と言うこともわかりました。ウッドハウス家から、結婚の申し込みは届いていないので、失格ですわね」
「フロレンス、僕はただ……」
「ただの遊びだった」
「違う!」
「違う令嬢と掛け持ちしたい」
「なんて意地悪なんだ。僕の話を聞いて欲しい」
「素直に身を引いて欲しい」
殿下は恨みがましい目つきで、食堂のテーブルに突っ伏してしまった。
私はうっかり殿下の頭をなでそうになってしまった。ちょっと、かわいそうかも。
殿下が自分への釣書の山を見せようなどと、おかしな真似をしたことが原因だったわけなんだけど。
そこへ珍しく、生徒ではない二人連れが食堂へ入ってきた。
エドワード・ハーヴェスト様と知らない人物だった。
「殿下、お取り込み中、失礼いたします」
彼はすまして、ルイ殿下の顔を見た。
「妻の兄、フィッツジェラルド侯爵ご子息のフィリップをご紹介致したく……」
紹介された男性は背の高い美丈夫だった。
ルイ殿下は、驚いたようで目を見張った。
「え? あ、ああ。これは、失礼した。ハーヴェスト夫人の兄上でしたね」
エドワード様は念願かなってつい先ごろフィッツジェラルド侯爵家のベアトリス嬢と結婚した。妹のアンドレア嬢が騒いでいたので知っている。
私はそっとアンドレア嬢のお兄様の顔を盗み見た。
整った顔立ちの、エドワードくらいの年の男性だった。
「フィリップでございます。殿下におかれましては、先般の妹の結婚式にご臨席を賜り、まことに光栄に存じます。今後とも末永くご親交を賜りたく……」
「堅苦しいあいさつはいい。それで、今日はまた何の御用件かな?」
ルイ殿下はフィリップ様に向かって聞いたが、返事をしたのはエドワード様だった。
「いえ、紹介したいのは殿下ではございません。しかしながら、殿下もご臨席していただく方が好都合かと存じまして」
エドワード様がすらすらとしゃべった。
「なに?」
「今日は、フィリップ様をフロレンス嬢にご紹介いたしたく参りました」
「え?」
フィリップ様は、アンドレア嬢と同じ黒い髪とヘーゼルの目をしていたが、ずっと静かな雰囲気だった。
「殿下の婚約者選びは半年間、白紙に戻ったとのことで」
フィリップ様のその言葉に私は口もきけないほど驚いた。殿下の方を振り返ると、殿下も呆然としていた。
「そのようなことがお耳に……?」
フィリップ様はほんのわずか微笑んだ。エドワード様が解説した。
「殿下の婚約が白紙になれば、フロレンス嬢も自由の身となられる。ご本人がご存知ないだけで、ウッドハウス家には前々からお申し込みは数多く来ているものと思われます。父上の伯爵は、フロレンス嬢にいちいちお伝えにならないと思いますが」
エドワード様が喋り続けた。
「フィッツジェラルド家のフィリップ様なら、フロレンス様のお相手として、なんら問題はございますまい。そのような訳でご紹介させていただきに参りました」
私はあっけに取られて……エドワード様と殿下の顔をかわるがわる眺めた。
そしてフィリップ様と言う男性の顔もチラリと見たが、彼は私の顔など見ていなかった。
彼が見ないようにして見ていたのは、ルイ殿下の顔だった。