第42話 エクスター殿下の正体
「あの、お母様って、どんな方?」
馬車に乗るなり、私は、エクスター公子にお伺いを立てた。
ルイは困ったような顔をして、笑って見せた。
ずるい。自分がきれいな顔をしているって知っているんだ。
「母は……療養中とか言っているけど、実は遊んでいるだけだよ。公爵家は堅苦しいからね」
「え……そうなんですか?」
「そうだね。元気は元気だ」
公爵は見かけたことがある。公子に似ているのは公子よりもさらに薄い色の金髪と目の色くらいで、体つきはやや太りぎみだった。年は五十歳くらいのはずだ。
その奥方となれば、四十代くらいだろうか。
「どんな方でしょう?」
ルイは目を逸らした。
「そうだな。貴婦人タイプかな。家柄が……自慢かな」
まずい。礼儀作法に厳しい威厳たっぷりな堂々とした貴婦人が目に浮かんだ。
ルイがダンスパーティに出たと聞いて、パートナーを見せにいらっしゃいとか言われたんじゃないかしら。
ルイは気を引くように言いだした。
「どうせ学園も休みだし、ベルビューで遊ぼうよ。ベルビューはよいところだよ。図書館もあるし、なんだったら、僕に勉強を教えてくれるとか」
「なんですか? それ。だって私の方が年下ですよ? それに、あなたは学年トップの成績でしょう?」
「あれ、捏造だよ」
「え?」
「トップは僕じゃない。2位の人」
「え?」
私はまじまじとエクスター殿下の顔を見た。
殿下は普通の顔をしていた。
「エクスター家の公子が2位以下の成績を取ってはダメなんだ」
彼はそう説明した。
「あのう、じゃあ、私の5位っていうのは? もしかして」
「いや、君のは実力。王弟一家じゃないから」
「アンドレア嬢は、確か八十位くらいだって言ってたけれど」
「アンドレア嬢、意外に頑張るじゃない。彼女のも実力だろ? 成績なんかどうでもよさそうだったし」
「それは確かに」
「僕はそうはいかない。かわいそうだよ、僕と同学年の特待生たち。絶対一位を取れないんだから」
本当はエクスター殿下は何位だったんだろう。
素朴な疑問が胸に沸いた。
「うん。僕の本当の成績を知りたいって顔をしてるね。多分、二十位くらいじゃないかな。君の方が優秀だと思う」
「多分って、自分でも知らないの?」
「知っても仕方ないしね。それに秘密だから。まあ、点を合計するとそんな所だろう」
私はまじまじと彼の顔を見た。
「じゃあ、剣の名手って言うのは?」
「あ、いやなことを聞くな。こんなガタイで名手なわけないだろ。一通りは習ったけど、別に才能があるわけじゃない。自慢できるのは顔くらいなものだろうな」
仕方ないと言った様子で、彼は微笑んだ。
「ねえ。それなら、魔法薬を作る方は?」
「ジルの話か。媚薬はあれば便利だよね。そう思っただけさ」
「ピンカートン教授の体調は?」
「偶然だな」
彼は苦笑いした。
馬車の旅はたった一日だけだった。ベルビューはさほどの距離ではない。道も整備されていたし、替え馬が用意されていて、どんどん進んだ。
こんなに長い間、殿下と一緒だったことはなかった。私はちっとも退屈できなかった。退屈したかったのに。
隣に座っているルイ殿下が気になって仕方がなかった。この人は本当はどんな人なんだろう。
成績は捏造だとか言うし、剣の腕前は大したことないと否定してくる。魔法薬の話に関してはただの想像だとか言いだす。
でも、私には、どうしても彼の言うことが本当だと思えない。
じっと考えて、理由を探した。自分をほめる言葉を簡単に否定する人って……もっと自信なさげではないのか?
彼はキラキラした金髪のきれいな顔立ちで、私の顔を時々見つめている。口元は笑いを浮かべているけど、その目は笑ってなくて何かとても気になるんだけど。
それと、ベルビューで待ち受けている彼の母のことが、気になった。
こっちの方は現実の心配だ。
豪華なドレスと素晴らしい宝石を身に着けた、威厳たっぷりの堂々たる貴婦人が絹のサテンの手袋をはめ、目を光らせて、未来の嫁になるかもしれない娘を検分するために待ち受けていると思うと、退屈どころではなかった。