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第41話 母に会って欲しい

よく考えたら、エクスター公子と言う男は恐ろしい男だった。


油断して、家でメアリやアリスと一緒に、もらったお菓子の品評会なんかやっている場合ではなかったのだ。




「フロレンスー。お迎えが来たわよー」


早朝なのに階下から母の涼しい声が近付いてくる。


「お迎え?」


私とアリスは顔を見合わせた。予定は何もないはずだ。どこへ行くと言うのだ?




部屋の外に出ようとすると、私の部屋の前まで来ていた母に追い戻された。


「今すぐ、外出着に着替えなさい。この間作った青の外出着よ。大急ぎよ」


アリスとメアリが大あわてで着替えを手伝ってくれたが、そのほかに母の侍女が上がって来て、私の宝飾品の中から、碧い石のイヤリングを出してきて有無を言わせず付けさせた。エクスター殿下からもらったやつだ。と言うことは、迎えにきたのはエクスター殿下だ。


青の外出着って、まさか今日のための服だったのだろうか?


エクスター殿下のことだ。母を抱き込むくらいのことはやりかねない。


私は着替させられながら、その外出着を発注した日がいつだったかを思い出そうとした。二週間は前だ。そう、ちょうどダンスパーティが終わったころだ。

母はハドソン夫人に大急ぎで仕立ててねとか注文していた。とても機嫌がよさそうだったので、妙だなと思っていたのだ。


「今から、脱走……」


エクスター殿下になんか会いたくない。大失敗したばかりなのだ。自分の部屋のドアを開けようとした時、ドアの方が開いて、母が顔を出した。


「エクスター殿下がいらっしゃったわよ」


間に合わない。逃げられない。


ダメだ。そのままズルズルと私は客間に引きずり出された。

客間には、複雑そうな顔をした父と、真面目な顔をしたジルがいた。いや、エクスター殿下だ。


殿下は見るからに上等の、普通の貴族ではとても手が出ないような品のいいグレイの上着を着ていた。


そして、背筋をピンと伸ばしていかにも優雅に椅子に腰かけていた。


「おお、フロレンス」


父が言った。


「内密だが、エクスター殿下が別邸へお前を招待しようとおっしゃるのだ」


「内密? 別邸?」


エクスター殿下は優雅にうなずいた。


「別邸と言いましても、ベルビューにある小さなものです」


「ベルビュー?」


ベルビューは隣国にある有名な保養地だ。貴族でも商人でも、よほどの金持ちでないといけない。だが、みんなのあこがれの場所でもあった。

小さな美しい湖のほとりにある、とても美しい街だそうだ。湖の周りは高い山々が囲んでいて、すばらしい景観だと言う。


「ベルビューに別荘をお持ちだなんて!」


母はいかにも感嘆したように言った。


「さすが公爵家ですわね!」


母に言わせると、ベルビューの魅力は美しい景観だけではないそうだ。ショッピングも最高で、一流の品がよりどりみどり、最新流行のものが手に入るらしい。


「一流の人士が集まる場所よ。有名な社交場でもあるわ。宝石店がたくさんあるの。それから、雰囲気のあるカフェ! チョコレートが名産なの。夏だから、湖にボートを浮かべて漕ぐのだってできるわ。ホテルもレストランも超一流よ!」


父は、もじもじし始めた。

そんな女性好みの贅沢な観光地に若い娘を連れて行っていいのかとか思い始めたらしい。しかも、若い超イケメンからのご招待だ。


元々、賛成ではなく、断りたかったらしい。


「うむ。ベルビューと言う街は、ちょっと若い娘には刺激が強すぎる面も……」


間髪を入れず、真面目そうな表情のエクスター殿下は口をはさんだ。


「有名な保養地だから招待させていただくわけではありません。実は、私の母、エクスター公爵夫人は長らくベルビューの別邸で療養しておりまして……」


父はびっくりしたようだった。知らなかったらしかった。


後で聞いたが、公爵夫人の話は、噂にもなったことがないらしい。


公爵は有名な社交嫌いで、夫人同伴の公式な席に出ることはまれなので、それで公爵夫人の姿を見ないのだと思われていた。


「そ、そうですか……」


母に紹介したい……そう言われると、伯爵夫妻は黙り込んだ。


ふつうは結婚を申し込んでから両親に紹介するのでは? いや、会わせてみて、母の反応を見てから申し込むかどうか決めるのか? だったら、これはテストなの?


母も多少心配そうな顔をしていた。嬉しいには嬉しいが、娘が失敗しないか心配なのだろう。父はますます複雑そうな表情になった。


「フロレンスはどう思う?」


万策尽きた父は、いきなり私に振ってきた。


ベルビューは正直行ってみたい。とてもきれいなところで、行ったことのある友達のご令嬢は自慢そうにその美しさを話していた。


「それに湖畔のカフェはとってもかわいいの! 小さな町だけど、とてもロマンチックで、お店がまた気が利いているの。全部欲しくなっちゃう! そりゃもう可愛くて。でも、スッゴク高いの。お父様に怒られちゃったわ」


しかし、父ではないが、エクスター殿下と二人きりと言うのは、それは、なんだか、あの……何しろ、殿下は大変に美しいし、まかり間違って私が殿下を襲うとかですね? 心配ですよね? 私はそんな気も技術もないけど、信用してもらえないかも?


「いえ、あの、それは、私……」


エクスター殿下はいかにも優雅にうなずいた。


「言いたいことはわかる。若い令嬢と二人きりでというわけではない。私の母が待っている。安心して欲しい」


私は目の玉が飛び出そうになった。


つまり、やっぱり、このご招待は一見魅力的そうだが、公爵夫人のお眼鏡にかなうかどうかのテストなのね?


「父の公爵からの招待状は、先週、父上にお送りしている」


私はビックリ仰天して、父をにらんだ。一体どんな内容の手紙だったのだろう。隠してたのか。

父は私の視線に気がつくと、ビクッとして、母の後ろに隠れたそうな顔をした。母は、ニッコリ笑ってみせた。


さすがエクスター殿下、出口をどんどん塞いで来る。


「もちろん、フロレンス嬢のお気持ちを第一に考えたいと思っている。そこで、ベルビューの母とも会っていただきたいと考えた次第だ」


一見フェアそうだが、私が公爵夫人のことを気に入らないなどと言えるわけがない。

要するに公爵夫人が、私をどう判定するか、と言う問題に尽きるわけだ。



このテスト、受かる気がしない。


成績だけなら受かるかもしれない。しかし、公爵邸で数学や文法の試験を受けているところは想像できない。

礼儀作法とか、可憐さとか愛らしさとか、貴婦人のたしなみ、刺繍の腕前とかを問われたらどうしよう。そこを追及されたら、失格になる恐れではなく自信がある。


家族一同が黙り込んだ。全員、無理かもしれないと思いだしたのだろう。



「別邸の近くには大きな図書館がある」


殿下が妙なことを言い始めた。変なところだけ、人の好みを強調しないで!


「気に入るかどうかわからないが、有名なチョコレート店が多い。ベルビューなら誰にも会わないだろうし」


いやいやいや! 会うじゃありませんか! あなたのお母さまに!


「さあ、荷物は載せておきましたから」


手際よく、もう馬車にはトランクがくくりつけられていた。手際が良すぎないか?


私が最後に見たのは、父のかなり複雑そうな顔だった。

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